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ある意味、地獄からの招待状
いつも通りの朝ですよ
しおりを挟む正座したまま、後ろに倒れて寝ていたようだ……。
膝が猛烈に痛い、マヌケな朝。
キッチンで朝食の支度をしていると、いろんなものにピーピー呼ばれる。
このピーはなんの音だっけな?
と芽以は寝起きのぼんやりした頭で、厨房とは違い、狭いキッチンを見回す。
加湿器?
湯沸かしポット?
電子レンジ?
ああっ。
お湯が噴いているっ、と芽以はお茶を煮出していたヤカンに向かい、走って行った。
いつも通りのドタバタした朝だ。
しかし、ピー、ピーとか言われても、わからないよなあ、と芽以は、いきなり電化製品にケチをつけ始める。
お風呂みたいに、
『お風呂がわきました』
とか名乗ってくれないだろうか。
『加湿器です。
水が切れましたよ。
ピーッ』
とか。
いや、そしたら、ピーッいらないか。
『電子レンジです。
チンできましたよ』
『湯沸かしポットです。
お湯沸きましたよ』
『電子レンジです。
チンできたって、さっきから言ってるだろうが、こらっ』
『わしは、湯沸かしポットじゃあっ。
さっきから、お湯沸いたと言っとるだろがっ。
ああん?』
だんだん、危険な商売の方っぽくなってきたうえに、それはそれで、やかましい感じがしてきた、と思ったとき、逸人が下りてきた。
「お、おはようございます」
と挨拶したが、逸人は、一瞬、止まったあとで、
「……おはよう」
となにやら考えながら言ってくる。
もしや、昨日、私を緊張させないようにする、と言ったことを気にしているのだろうか?
いや、なにをしても無駄ですよ、と芽以は思っていた。
朝っぱらからそんなに格好いいのに。
この人を格好よくなくするというのは、神様にだって不可能ではあるまいか、と千佳が聞いていたら、後ろから猛ダッシュでやってきて、蹴りを食らわしてきそうなことを思う。
例えば、この、既にすっきりと身支度を整えている逸人さんを、寝ぼけ眼まなこにしてみて。
髪を寝起き風に、くしゃくしゃにしてみて。
服をパジャマにしてみて。
上から、だらしなくボタンを幾つか外してみたら。
……ちょっとセクシーになっただけだな。
っていうか、普段、見ない姿だから、かえって、どきどきするんだが。
うーむ、とおのれの妄想にとりつかれながら、一緒に食事の支度をし、テレビの部屋で、ご飯を食べた。
「あー、美味しいですねー。
炊きたての白いご飯って」
米の保存状態も良く、炊飯器様も立派なので、芽以が炊いても、ご飯は、ふかふかのつやつやだ。
「栄養がかたよるとわかってからも、玄米ではなく、白米を食べ続けた江戸の人の気持ちがわかります」
「……そうか」
突然、江戸に思いを馳はせる芽以に、逸人は少し困ったような相槌を打っていた。
「っていうか、明太子とかキュウリのツケモノとか、昆布とかあったら、おかず、いらないですよね」
朝から幸せです、と笑うと、渋い顔をした逸人が、
「同感だが。
店と料理人の存在意義をなくすようなことを言うな……」
と言ってくる。
はっ、了解ですっ、と返事をしたとき、電話が鳴った。
「誰だ、こんな朝早く」
と逸人が取ろうとしたので、
「あ、いいです。
私、出ます」
と言って、芽以は店の電話兼、家の電話である固定電話を取りに走った。
『ああ、芽以さん、起きてた?』
今日は正気らしい富美だった。
やっぱりな、と思いながら、芽以は、はい、と返事をする。
朝早い電話は、大抵、早起きな親世代からの電話だからだ。
五時に起きる父親など、七時なんて、もう昼間だとか抜かしている。
富美は、
『逸人は早起きだけど、貴女が寝ていたらいけないと思って、一応、家の電話にかけてみたのよ』
と言ってきた。
……あのー、どんなイメージなんですかね? 私。
しかし、逸人のスマホにかけなかったということは、私に話があるんだろうな、と思っていると、富美はいきなり謝り始めた。
『芽以さん。
ごめんなさいね、昨夜は動転しちゃって。
日向子さんが式を自分のいいようにしようとするから』
と富美は言うのだが。
でも、まあ、結婚式って、花嫁のためのものみたいな感じですからね、と思っていた。
口に出したら、怒られそうだが。
その気配を察知したのか、富美は、こちらには、
『貴女は好きにしていいわよ。
式、するんでしょ?
楽しみにしてるわ』
と言ってくる。
はっ、ありがたき幸せ、という感じの返事をして、電話を切ろうとした。
だが、そのとき、誰かが店のドアを叩いているのが聞こえてきた。
えっ? と受話器を持ったまま、店の方を覗くと、ガラス扉の向こうに、ロシアンセーブルのファーストールを羽織った日向子が立っていた。
芽以が電話を切らなかったので、そのまま、富美の愚痴は続いている。
『ほんと、日向子さんはワガママ放題やってきた人だから、手に負えなくってね』
いや、今、此処に居ますけどね……。
扉を開けない芽以に、日向子が大きな声を出そうとしたので、芽以は少しドアから離れ、必死に電話を指差す。
すぐに通じたようで、日向子は、頭の上に指で、子どもがやるように、鬼のツノを作ってみせた。
芽以は富美の話に相槌を打ちながら、頷く。
いや、その仕草で、
『お義母さんね?』
『お義母さんですよ』
と伝わり合うのも、どうかと思うが――。
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