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ある意味、地獄からの招待状
きっと殺されます
しおりを挟む逸人が、えっ? という顔で振り返る。
ああっ、自分からつかんでしまったっ。
しかも、こんな暗がりでっ。
襲ってすみませんっ、くらいの勢いで、芽以は手を離して、飛び退いた。
「芽以」
と振り返った逸人がなにか言おうとしたとき、芽以がパジャマのポケットに入れていたスマホが鳴り出す。
慌てて取ると、
『ちょっと芽以さんっ。
今から来てくれないっ?』
という切羽詰まったような女の声が聞こえてきた。
富美だ。
『早く来てっ。
日向子さんと話が続かないのよーっ』
いや……。
「殺されます」
思わず、口からその言葉がもれていた。
圭太が居る今、行ったら、きっと日向子さんに殺されます。
『えっ? 殺される?
誰に?』
と訊き返してくる富美からの電話を取った逸人が、
「莫迦か。
芽以はもう寝てるんだ、切るぞ」
と言って勝手に切ってしまった。
ああっ!
それ、あとが大変ではっ? と思ったのだが、逸人は芽以のスマホを布団に放り、
「大丈夫。
酔ってるんだ。
明日には覚えてない」
と言う。
いや……覚えてると思いますけどね、と横目にそれを見ていると、逸人が、自分を見つめ、
「芽以。
俺は今、猛烈に後悔しているんだ」
と言ってきた。
なにをですかっ?
会社を辞めたことを?
それとも、私と結婚したことをっ?
と思っていると、
「ずっと勉強しかしてこなかったことをだ」
と逸人は言い出した。
……言ってみたいな、そのセリフ、とまったく勉強してこなかったことを後悔している芽以が思っていると、
「俺は圭太のようにお前を楽しませることはできなかった。
あいつみたいに、豊富な話題も、多彩な遊びも知らないからな。
お前は、昔から、俺と居るより、圭太と居る方が楽しそうだった――」
おやすみ、と言って、逸人は行こうとする。
「待ってください、逸人さん」
と芽以はその腕をつかんでいた。
廊下と窓からの明かりの中、逸人が足を止め、自分を見下ろす。
「私は逸人さんと遊ぶのも好きでしたよ。
でも……、逸人さんと居ると緊張するんです」
そう言うと、逸人は少し寂しそうな顔をした。
この人に、そんな顔はして欲しくない。
だから、洗いざらいぶちまけよう、と芽以は覚悟を決めていた。
「私、圭太とだと緊張しないけど、逸人さんとだと緊張してしまうんです、昔から。
二人きりになると、なにしゃべっていいか、わからなくなったりして。
でも、それは逸人さんが嫌いだからとか言うんじゃなくて。
むしろ、逸人さんの方を尊敬してたから――」
そう言いながら、芽以は俯く。
そうだ。
自分はずっと、二つ下の逸人を尊敬していた。
敬語で彼としゃべっていたのもその証あかしだ。
逸人の手がそっと芽以の頭に触れた。
「……頑張るよ、芽以。
二人で居るとき、お前にそんな風に硬くなられないよう。
もう少し、お前に親しみを覚えてもらえるよう……」
頑張る――。
そう言って、逸人は軽く芽以の額に口づけ、出て行った。
いや……無理ですから。
額に手をやり、芽以は思っていた。
ほんっとうに、貴方と居ると緊張するしっ。
今なんか、もうどうしていいかもわからなくて。
失神しそうになってますからっ。
この先も、貴方の側に、平気な顔で居るのは、きっと無理……。
そう思ったあと、なんでだろうなあ、と思う。
圭太だと、いくら側に居ても、こんな緊張することなんてなかったのに。
布団の上に座り込んだ芽以は、いつまでも暗がりで、逸人の消えたドアを見つめていた。
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