57 / 101
不思議なお客さま
雇ってくださいっ
しおりを挟む客が引けたあと、彼、水島彬光は言ってきた。
「実は、僕の好きなサークルの先輩がパクチー好きで。
この間、僕もパクチー好きなんですって言っちゃったんですよねー」
でも、頑張って食べてみたんですけど、駄目でした、と言う。
「大学に入って、なんだか気が抜けたみたいになって、やることもなくて。
先輩と出会って、やっと世界が開けた気がしたのに」
嘘ついちゃいました……としょんぼり語る彬光に、逸人は全然違うことで怒っていた。
「やることないわけないだろ。
大学入ったからには、勉強しろ」
いや、そりゃそうなんですけどねー、と芽以は苦笑いする。
苦手な嫁もパクチーも克服しようとする努力好きの逸人には理解不能な悩みだったようだ。
「勉強が向いてないのなら、なにか探して打ち込め。
今なら、時間が山とあるだろ。
社会人になったら、自由な時間なんて、ほとんどないぞ。
なにかを身につけるなら、今だろ」
いや、貴方、英語教室の勧誘かなにかですか、と問いたくなる口調と説得力だった。
思わず、入会してしまいそうだ……。
「そうなんですよねー。
先に就職した友人たちが、自由なのは今だけだとか言うから、ちょっと考えてはいたんですが」
そこで、厨房をチラと見た彬光が言ってきた。
「そうだ。
店長、此処で雇ってくださいよ」
……はい?
「さっき、店長が厨房で働いてる姿、とても美しかったです。
ルックスだけの話じゃなくて、動きに無駄がなくて美しいというか。
まるで武道でも見ているかのようでした。
僕、貴方のようになりたいですっ。
雇ってくださいっ。
どうしたらいいですかっ。
やはり、三顧の礼ですかっ。
まず、一回帰ってきますっ」
と彬光は訳のわからないことを言い、立ち上がる。
「待て」
と逸人が止めた。
「他所を探せ」
「店長っ。
今、なにか目標を打ち立てて頑張れって言ってくれたじゃないですかっ」
「此処以外でだ」
「お願いしますっ。
雇ってくださいっ」
「待て。
お前、パクチー嫌いなんだろうが。
パクチーが食べられるようになってから来い」
……いや、お前が言うな、と思いながら、芽以は逸人を見上げた。
だがもう、この段階で、雇うことになるんじゃないかなーとは思っていた。
芽以が会社に行っている間にホールをやってくれる人間が必要だし。
第一、と芽以は、
「雇ってくださいーっ」
「知らんっ」
とまだ揉めている二人を見た。
なんだかんだで、逸人さん、人がいいからなー。
ユニフォームの手配しなくちゃな、と思いながら、芽以は二人を置いて、厨房へと戻っていった。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる