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書き初めに新年の野望として書こうと思っていた
この店がなんの店なのか、たびたび見失いそうになります
しおりを挟む急いで店に戻ると、また行列が出来ていた。
ひー、すみませんっ。
着物なんぞ来て、浮かれてましたっ。
隠れて、そっと入ろうかと思ったが、いやいや、せっかくの新年だしな、と思い、芽以はお客様の前で足を止めた。
ほとんどが今日初めてのお客様のようで、芽以たちが店の人間だとは知らないようだった。
みな、ああ、振袖着た人が。
正月だなあ、くらいの視線でしか見ていなかったのだが。
「あのっ」
と言うと、何人かがこちらを見た。
「あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致しますっ」
と頭を下げる。
なんだかわからないまま、みんな、下げ返してくれた。
おそらく、この人、誰? と思いながら。
「あっ、店の者です。
すみませんっ」
と言うと、逸人も横で頭を下げながら、
「行くぞ」
と言う。
店舗と隣の家の間はむき出しの土だ。
草履で歩きにくかったので、ちょっと手を引かれて歩く。
すぐにドアだったが。
逸人に手を握られながら、芽以は、細い指だなー、と思っていた。
作る料理も繊細だもんなー。
初めて此処に来た日、パクチーの前で思索に耽ふけっていた逸人の長く白い指を思い出していると、先に店内に入った逸人が、
「……お前、本年もよろしくって、そもそも、去年よろしくしてないが」
と突っ込んできた。
「あー、じゃあ。
初めまして。
本年はよろしくの方がよかったですかね」
と言って、
「語呂が悪いだろ。
いいから、さっさと着替えろ」
と言われてしまった。
開店時間になり、店を開けると、逸人は手早く料理を仕上げてくる。
ほんとすごいな、この人。
……なんでこんな人が私と結婚してるんだろうな、と芽以は改めて思った。
完璧な人生に、なにがしかの障害を設けてみたかったのだろうか。
他に幾らでも、立派なお嫁さんが来たろうに。
それか、お家のために、圭太の結婚の障害にならないよう、私を引き取ってくれたとか?
ああ、それにしても、今日もどの料理も美味しそうだ、と逸人が開けている真牡蠣をチラと観る。
あの繊細な白い指が、オイスターナイフで、小器用に、くるくると牡蠣の殻を開けては置いていく。
殻に隙間が見えた段階で、ぷるぷるの新鮮な牡蠣の身が既に見えている。
食べなくとも、その乳白色の色を見ていると、しっとりとしてクリーミーな味わいと舌触りが感じられるようだ。
なんて美味しそうなっ。
だが、シッポウフグが海底に作り出す美しいミステリーサークルのように並べられたそれに、逸人は、鮮やかな緑色のものをふりかけ始めた。
「何故、パクチーをかけるんですかっ」
思わず叫んで、
「……此処がパクチー専門店だからだ」
と冷静に言われてしまう。
そーでしたね……。
「すみません。
あまりに美味しそうで美しい牡蠣の姿に、正気を失ってしまいました」
「お前はいつも正気を失っているだろう」
ほら、持ってけ、と言い、逸人はすぐに違う料理にとりかかる。
無表情にパクチーの味見をしている逸人を見ながら、この人、本当に偉いな、と芽以は思っていた。
嫌いなパクチー食べても表情も変わらないもんな。
まあ、笑いもしないが。
……私と居て、無表情なのも同じ現象かな、と思いながら、芽以はそのぷるぷるの生牡蠣を運んだ。
パクチーというのは、ある日、突然、はまるものだそうだが。
私にもこの人にも、突然、そんな瞬間が訪れるのかな? と思う。
いや、パクチーの話だが……。
悪くないおみくじだった、と逸人はチラと棚の上に祀っている親亀子亀孫亀を見ながら思う。
芽以のおみくじには、
「縁談 思い変えて吉」
とあった。
圭太は諦めろということだろう。
神のお告げだぞ、芽以、と思う。
初詣に行ってよかった。
圭太のように口に出さずとも、着物を着た芽以と手をつなげたしな。
……一瞬だったが。
今年はいい年になりそうだ。
思い切って、パクチー専門店を開いてよかった、と思いながら、完璧に味付けした海鮮料理の煮えたぎるフライパンに、パクチーを投入する。
もうもうと上がる湯気に、思わず、息を止めていた。
……軽く吐きそうなんだが。
客の手前、芽以の手前、顔には出せない。
美しいパクチーの色形を俺は愛している。
そのうち、匂いも味も愛せるはずだ。
――と信じている。
いつか突然、好きになるというパクチー。
その瞬間が訪れるのを今もじっと待っている。
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