パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
24 / 101
書き初めに新年の野望として書こうと思っていた

我々、なにかが噛み合ってませんよね……?

しおりを挟む
 
 は、早く食べろって、意味でしょうかっ、と思って、急いで食べ始めると、よく響くいい声で、
「落ち着け」
と言われる。

 まるで、散歩に連れて出たら、はしゃいで駆け回る犬に向かって言うような口調だった。

 ……この人の心の中の私のポジションはどの辺ですか? と思いながらも、芽以は言った。

「でも、今日も忙しいんでしょう?
 早く準備しないとですよね」

 いや、元旦からパクチー食べに来る人が居るのかは、知らないが……。

 でも、大晦日でもあれだけ押し寄せてきたんだから、居るかもな、と思っていると、
「いや、店の準備は昨日して寝ただろう。
 俺ももう下ごしらえは済んでる」
と言ってくる。

 じゃあ、なにを急いでるのかな。

 大掃除とか?

 いやー、さすがに引っ越したばかりで、まだするとこないよなー、と思ったとき、テレビが初詣の中継を始めた。

 今、逸人にお賽銭をあげたくなったことを思い出しながら、
「そういえば、今年は、初詣には、行けませんねー」
となんの気なしに言うと、逸人は、

「行けばいいじゃないか。
 まだ時間はあるぞ。

 ……実家にも寄れなくもないし」
と言ってきた。

「ああ、逸人さんちですか?」

 やはり、あれから挨拶に行ってないことが気になっていたのだろうか、と思い問うてみたが、
「そうじゃない」
と言う。

「うちになんか行かなくていい。
 お前の実家だ」

「えっ?

 うちですか?
 いや、いいですよ。

 この間行ったばかりですし」

 そこで会話は止まってしまった。

 なんなのかなー。

 なにかが噛み合っていないような、と小首を傾げながら、芽以は黒豆を食べた。

 実家の甘すぎる黒豆も美味しいけど、この上品な味付けのも美味しいなー。

 金粉ついてるとこ、より美味しく感じるし。

 ……いや、気分の問題だが、と思いながら、また、黒豆をつまんだ。




 俺は目標に向かって、コツコツ物を積み重ねていくのが好きだ。

 そうしているうちに、嫌いなものも、苦手なものもなくなったりするから。

 だから、いつでも、段取り良く、きちんとやって行きたいのだが――。

 おせちを用意したのはまずかっただろうか。

 そんなことを考えながら、逸人は黒豆を食べていた。

 芽以が忙しそうだったから、準備などできないだろうと思って、買ってきてしまったのだが。

 かえって恐縮してしまったようだ。

 ……のわりには、パクパクよく食べてるが、と思いながら、芽以を眺める。

 自分が早く食べろと言ったので、急いでいると芽以は思っているようだ。

 いや、急いではいる。

 だが、その理由を芽以には言い出せないでいた。

 さっきも言えなかったな、と思いながら、逸人は熱いお茶を飲む。

『あけましておめでとう。
 芽以、開店まで、まだ時間があるから……』

 時間があるから、初詣に行ってみないか?

 着物着て。

 ……圭太だったら、笑顔で言えるんだろうにな、と思ってしまう。

『芽以、行くぞ、初詣。
 着物着て。

 可愛かったじゃないか、この間着てたの』

 さらっとそう言う圭太を想像し、自分もそのまま言えばいいじゃないかと思うのだが、性格的に言えるわけもない。

 口に出来たとしても、なにか重々しく言ってしまい、芽以が、
『は……逸人さんのおうちには、初詣には、着物着て行かねばならない風習とか、因縁とか怨念とかあるんですかっ?』
とか青ざめて言ってきそうだ。

 こいつの発想も少しおかしいからな、とテレビを見ながら、おせちを食べている芽以を見る。

 芽以は、先ほどから、チラチラ、寿の和菓子を見ている。

 最後のお楽しみなのだろう。

 顔見ただけで、考えがすべて読めるってすごくないだろうか、と妙な感心をしていると、テレビが初詣のニュースを始めた。

「そういえば、今年は、初詣には行けませんねー」
となんの気なしにと言った感じで、芽以が言ってくる。

 今だな。

 今だ。

 今しかないっ、と思い、逸人は口を開いた。

「行けばいいじゃないか。
 まだ時間はあるぞ。

 ……実家にも寄れなくもないし」

 着物を着せてもらいに、と思いながら言うと、

「ああ、逸人さんちですか?」
と芽以は言ってくる。

 いや、うち、今、関係ないだろうが。

 うちの母親なんぞ、着物を着せられるわけもない。

「うちになんか行かなくていい。
 お前の実家だ」

「えっ?

 うちですか?
 いや、いいですよ。

 この間行ったばかりですし」

 そこで会話は止まってしまった。

 行き当たりばったりに夫婦になってしまった我々の間に、以心伝心という言葉はないようだ、と思う目の前で、芽以は、なんなのかなー、という顔をして、小首を傾げている。

 そのとき、芽以のスマホが鳴った。

「あ、おにーちゃんだ」
と芽以がとる。

「おにーちゃん、昨日はありがと……。

 は?
 着物?」

 普段から大きな聖の声が、こちらまで、もれ聞こえてくる。

 着物は着るのかと芽以の母親が側で訊いているようだ。

『着るのなら、すぐ来いってさ。
 こっちも初詣に出かけるから。

 今、水澄が着せてもらってる』

 聖さんっ。

 やはり、神!

 素晴らしいタイミングで電話してきてくれた聖に感謝しながら、逸人は、この機を逃すまいと立ち上がる。

「芽以、せっかくお義母さんが言ってくれてるんだから。
 早く支度しろ。

 此処は俺が片付けるから」

 よかった。
 新年の野望は、書き初めに書くまでもなく、達成できたようだ。

 いや、書き初めに『振袖』とか書いていたら、芽以に、
「……どうしたんですか」
とか言われそうだが……。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...