パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

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オープンですっ

パ、パクチー……

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 芽以は、水を運び、料理を運び、皿をさげ、テーブルを拭いた。

 手ぬかりのないよう、口の中でブツブツ言いながら、その作業を延々と繰り返す。

 水を運び、料理を運び、皿をさげ、テーブルを拭く。

 水を運び、カメムシを運び、もうカメムシの居ない皿をさげ、テーブルを拭く。

 繰り返しの作業に、途中から錯乱してきたようだ。

 いや、どの料理も美味しそうなのだが。

 何故か、どれにもパクチーが入っている。

 しかも、山盛り入っている。

 いや、最初から山盛り設定ではないのだが、客は何故かみな、山盛りにしたがる。

 何度も言うようだが、美しいもちもちの半透明の生春巻きに、何故、パクチー。

 香ばしい炒めたベーコンに粉チーズ、そこに何故、パクチー。

 皮がカリッカリに焼けた、ジューシーなチキンの横に何故、パクチー。

 鶏はこんな風になるために殺されたんじゃないと思う。

 鶏に謝れ、と思いながら、次々と運ぶ。

 ふかふかのシュウマイにパクチー。

 白と緑で目に鮮やかだが、パクチー。

 厨房のカウンターに料理を取りに行きながら、芽以は、この人、一体、何本手があるのだ、と手際よく料理を作っている逸人をチラ見する。

 ともかく、徹底的に効率よく行くように、何度もシミュレーションしていたようだった。

 聖も厨房を手伝った経験はあるようだったが、逸人のペースを乱さないよう、手は貸さないことにしたようだ。

 代わりに、聖は楽しくお客さんたちとトークを繰り広げている。

 ……特に女子と。

 そうして、聖が聞き出したところによると、この行列の原因は、SNSだそうで――。

 恐ろしいな、SNS、と芽以は思う。

 ひとりのパクチー好きの目にこの店の看板が止まり、そこから、ぶわっと広まったようなのだ。

 パクチー専門店が増えてきたとはいえ、物凄く多いわけでもない。

 新しいパクチーの店に飢えていた人たちが、全国津々浦々から集まってきてくれたようなのだ。

「とりあえず、オープンしたときは行列ができる、ラーメン屋みたいなもんですね」

 昼過ぎて、一段落したときに、芽以はそう呟いた。

「つまり、今日失敗したら、それもすぐに広まるということだな」

 あくまでも冷静に、逸人は言う。

 ひい、と思っている間に、また店が混んできた。

 嬉しい悲鳴だ。

 というか、聖は本当に嬉しそうだった。

 久しぶりに、たくさんの女の子たちとお話し出来て。

 ……手伝ってもらっといて、なんですが、お兄様。

 お義姉さんに言いつけますよ、とその様子を眺めながら、芽以は思う。

 聖は、一応、イケメンで愛想が良いので、女子ウケはいい。

 それにしても―― と芽以は運びながらトレイの中を見た。

 ああ、熱々のスキレットの中で煮えたぎる海老のアヒージョに何故、パクチー。

 ピンクの皮に黒いツブツブの入った白い実。

 可愛らしいドラゴンフルーツのサラダに、何故、パクチー。

 季節の野菜のジェノベーゼの上に、何故、季節の野菜でないパクチー。

 ……しかし、なににのせても色鮮やかだから、サマになるな。

 口に入れないのなら、と思いながら、芽以は走らない程度に早足で運ぶ。

 っていうか、ついパクってなにっ?

 この上、パクチーおかわりとか正気ですかっ?

 私はさっきから、鼻の上をカメムシがもぞもぞしている気がして、息を止めて運んでいるのですがっ。

 ちなみに、追いパクという言葉を初めて雑誌で見たとき、
「おいパク」
と呼んで、パクチーが追いかけてくるのかと思ったものだ。

 芽以がそんなしょうもないことを考えている間に、十一時半になっていた。

 みっしりパクチーの詰まったモヒートを運んで、営業は終了した。

 普段はこんなに遅くまではやらないそうなのだが、まあ、オープンだし、大晦日だし。

 せっかく行列してまで来てくださった、たくさんのお客様に申し訳ないので、延長して営業したようだ。

 それにしても、大晦日に、パクチーで年を越したい気持ちがわからないんだが……、と思いながら、芽以はキャスケットを外し、ひと息ついた。

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