15 / 101
娘さんをください
お前の部屋を見せてもらおうか
しおりを挟むそのあと、逸人たちがリビングに戻ってきた。
父親が逸人の肩を叩き、
「まあ、芽以の部屋にでも行って、二人で話してきたらどうかね。
ずっと私らと話しててもね」
と笑顔で言う。
水澄は、
「あら、もう帰るんじゃないの?」
と言い、ふふふ、と笑っていたが。
だが、逸人は、
「じゃあ、少しだけ。
芽以」
とこちらを振り返る。
なんだかわからないが、みんなに見送られ、芽以たちは、二階の部屋に上がった。
兄たちの家は近所なのだが、翔平が産まれたときは、まだ、アパート暮らしだった。
それで、水澄の実家が遠いこともあり、三歳くらいまでは、ほぼ、此処に居た。
翔平の夜泣きがひどかったからだ。
水澄が疲労困憊していたので、よく母が代わりに翔平の面倒を見ていた。
そして、芽以はアパートを借り、実家を出た。
母がそうしろと言ったからだ。
一緒に夜寝られなかったら、仕事に差し支えるだろうと言われたのだ。
父こそ、別に寝た方がよかったのではと思っていたが、父は孫可愛さに耐えていた。
たまには、兄と一緒にアパートの方で寝ることもあったようだが。
子どもを産んで育てるって大変なんだな、とその様子を見ていて思ったものだ。
ドラマなんかだと、結婚して、子どもが産まれたら、ハッピーエンドでなんの苦労もなさそうに見えるんだが。
……シンデレラだって、子育てで苦労したかもしれないよな。
いや、ああいう人たち、自分で面倒見ないか、と思いながら、階段で、芽以は前に居る逸人を見る。
この人と結婚して、子どもを産むとか、みんなで遊んだあと、此処になだれ込んでいた学生時代には思いもしなかったな、と思う。
いや……今でもすさまじく違和感があるんだが、と思っているうちに、おのれの部屋についた。
逸人が振り返り、
「此処のもので、持ち出すものはないのか」
と訊いてくる。
「とりあえずはないです」
と言いはしたが、結婚するとなると、もうこの部屋のものは持っていけと言われそうだな、とは思っていた。
それでなくとも、普段は使っていないのに、一部屋潰しているわけだから。
いずれ、翔平の遊び場にでもなるだろう、と思いながら、ドアを開けた。
何故か、前に居るのに、逸人が開けなかったからだ。
「……全然変わってないな」
と中に入り、呟く逸人に、
「そりゃそうですよ。
大学出て、ちょっとしてから、家を出て、そのまんまですから」
と答える。
逸人は、なにやら感慨深げに部屋の中を見回していた。
芽以はふと、訊いてみる。
「お父さんたちとなにを話してたんですか?
途端に和やかになったようですが」
「いや、会社を辞めて、パクチー専門店を開くことになったという話と。
今までの貯金があるから、すぐに店が軌道に乗らなくても、芽以を養うくらいは大丈夫だという話をした」
娘の生活の安定が保証されたから、にこやかになったのだろうか、と思ったのだが。
「お義父さんも、パクチーがお嫌いだそうだ。
あれは人間の食いものじゃないと言っておられた。
その点、話が非常に合った」
……人間、何処で意気投合するものかわからないものですね、と思いながら、
「そういえば、兄はパクチー好きだった気がするんですが」
と芽以は訊いてみた。
兄は、出張で、バンコクに行ったら、全然料理にパクチーが入ってなくて。
覚悟して行ったのに、なんだと思って、日本に帰り、パクチーを食べまくったら、はまったとかいうよくわからない人なのだ。
「パクチー好きなの、実は日本人だけなんじゃないかと思うことはあるな」
と逸人も呟いている。
向こうの料理には、パクチーが入っていても、さりげなく入っているくらいのものだからだ。
それぐらい自然に使う食材のひとつ、ということなのだろうが。
「慣れない食材でインパクトがあるうえに、あの強烈な匂いなのに、向こうの人は平気で食べてるから、余程好きなものなんだろうと思い込んでしまうんだろうな」
逸人と父が目の前で、パクチーが如何に嫌な衝撃に満ち溢れているかという話をしていても、聖はにこにこと聞いていたという。
「俺は昔から、聖さんを尊敬してるんだ」
ええっ?
貴方のような方が、あの不出来な兄をですかっ?
と芽以は驚く。
いや、兄は、ルックスは悪くないし、頭もいいかもしれないが。
なんというかこう、逸人とは正反対な感じにざっくりな人なのだ。
「あの適当な感じ。
俺には真似できん」
尊敬する、と大真面目に語る逸人に、
「じゃあ、私のことも尊敬してくださいよ」
と兄とそっくりな、ざっくり感を持つ芽以が言ってみると、逸人は、
「尊敬してないこともない」
と言う。
え? と思って見上げた芽以の頬に、逸人はいきなり唇で触れてきた。
えー……。
ちょっとどう反応していいのかわからずに固まってしまう。
だが、逸人は、特にそこから甘い雰囲気を作り出すでもなく、
「そろそろ帰るか。
下りるぞ」
と言って、さっさと出て行ってしまった。
あとを追っていかなかった芽以を、振り返ることもせずに。
な……なんなんですか、一体、と部屋の真ん中で立ち尽くしている芽以を母が下から呼んでいた。
「芽以ーっ。
逸人さん、帰るって言ってるわよ。
なにトロトロしてんのよ、あんたっ」
ふらふらと下に下りる。
兄たちと逸人が談笑して、別れの挨拶をしているのをぼんやり聞きながら、芽以はずっと思っていた。
……なんなんですか、ほんとうに。
自分も機械的に挨拶をし、そのまま、逸人について、外に出る。
逸人は夜道を歩きながら、
「冷えるな。
さっきより、降ってきたようだ」
と傘を差すほどではないが、チラチラ降っている雪を見上げ、言ってきた。
至って、冷静だ。
先程、自分がなにをしたのかも記憶にないかのように。
いやいや、なんなんですか、ほんとに……。
私ひとりが動転していて、莫迦みたいではないですか。
そんなことを考えながら、芽以は逸人のあとをついて帰った。
まだ、逸人の唇が触れた感触の残る頬に手をやりたくなるのをこらえながら――。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる