パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
12 / 101
寿退社で殺される

トレンチコート、お好きですか?

しおりを挟む


 トレンチコート、好きなんですか?

 逸人のあとをついて歩きながら、芽以はそんなことを考えていた。

 やたら似合ってますが……。

 身長があるからかなー。
 肩幅もあるし。

 まあ、顔が綺麗だからだよねー、と思いながら、逸人の後ろを歩いていると、男性までもが、彼を振り返っているのがよくわかる。

 この後ろに、ちまちま付いて歩いている女がこの人の妻だとは誰も思わないですよねー。

 まあ、私自身、信じられないですしね、この状況が、と芽以が思ったとき、
「おい」
と逸人が振り返ってきた。

 ただ、おい、と言われただけだったのだが、なんとなく、られるっ! と身構えてしまう。

 この人の口調にも視線にも、そういう鋭さがあるからだ。

 思わず、おのれの顔と頭をかばうように上げた手を見て、逸人が、
「……なんだ、それは」
と言ってくる。

 いや……、条件反射です、なんとなく。

 まあ、子どもの頃から、この人が暴力的行為に走るのを見たことはないのだが、と思っていると、

「おい、なんで後ろを歩くんだ。
 俺が引率の先生みたいになってるだろ」
と逸人が言ってきた。

 いえその、妻は、三歩下がって付いていくものかと……と芽以は誤魔化すように笑いながら、心の中だけで言い訳をしていた。

 口から出てはいなかったが。

 はは、と苦笑いしていると、溜息をついた逸人が、
「なにかしゃべれ」
と言ってきた。

「は?」

「黙って二人で歩いてると、気まずいだろ」

 貴方でもそういうことを思うんですか、と芽以は意外に思う。

 しかし、急に、しゃべれと言われても。

 なにか……、えーと……。

「あのっ、トレンチコート、お好きなんですかっ?」
と言ってみた。

 とりあえず、頭の中で考えていたことだからだ。

 すると、逸人が少し赤くなったように見えた。

 なんでだ? と思っていると、彼は歩き出しながら、
「……だって、格好いいだろ? トレンチコートって」
と言い出した。

 ええっ?
 この人でも、あ、これ、格好いいな、と思って着たりするのか、と新鮮に思う。

 なにか機械的に似合いそうな服を選んでそうな気がしていたからだ。

 ちょっと可愛いな、と思い、笑ってしまった。

 つい、
「トレンチコート、いいですよね。
 手榴弾も投げられますしね」
と言って、

「……お前の発想がわからんが」
と言われてしまったが。

 逸人はもちろん知っているだろうが。

 トレンチコートのベルトについているDリングという金具は、手榴弾をぶら下げるためのものだ。

 トレンチコートは元々軍用コートだったからだ。

 そして、肩についているエポーレットという肩飾りは、階級章をつけるだけでなく、仲間が倒れたときに、それを引っ張って、助け起こすのにも使われていたものだ。

 だから、今の日本の自衛隊や警察の制服にもこのエポーレットは付いている。

 あのエポーレットがあるから、肩幅が広い人が特に良く似合う気がするんだよね、トレンチコート。

 などと考えていると、逸人は、
「……圭太はよくお前と会話するな」
とその禁句な名前を出して、ぼそりと言ったあとで、

「なんでもいいが、横に来いと言ってるだろ」
と言い、芽以の肩に手を回すと、自分の横へと引っ張った。

 うひゃっ、と間抜けな声を上げそうになる。

 やっ、やめてくださいっ。

 どきりとしてしまうではないですかっ、と思ったが、逸人は、すぐに手を離した。

 こちらを見ないまま、歩き出した逸人は、
「荷物運ぶ前に、お前の実家に挨拶に行くか」
と言い出した。

 久しぶりだな、と言う逸人に、
「なんでですか?」
とうっかり言ってしまい、

「結婚するのに、親に挨拶しないとかあるか」
と言われてしまった。

 歩幅の違いか、気持ちのせいなのか。

 やはり、少し逸人から遅れながら、歩いていく。

 その広い背中を見ながら芽以は思っていた。

 ……あのー、私たち、ほんとに結婚するんですか?

 いや、もうサインもしたし、ハンコも押しちゃいましたけどね。

 でも、まだ、全然、信じられないんですけど。

 そんなことを考えていたとき、曇った空から、ちらりと雪が落ちた気がした。

 そういえば、クリスマスだなー、と芽以はイルミネーションで華やかな街を見上げる。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...