パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

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寿退社で殺される

そういえば、幼なじみなのに……

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 千佳の話に、いや、あんた、どんだけパクチー嫌いなんだ、と思ったとき、千佳が窓の外のよそ様のビルを見て、あーあ、と言った。

「移動すんの、此処より大きなビルらしいけど。
 嫌だなー、家引っ越すの。

 今のまま、実家が楽だし。

 結構みんな辞めるらしいよ、女の子は」
と言ってくる。

 まあ、そうなるかなーと思いながら、芽以は水を飲む。

「新幹線か高速でなら、通えなくもないけど。
 バリバリキャリア積もうって子以外は、やっぱりちょっとね。

 完全移転するまで、あと二年あるらしいけど。

 あっちの支社と合併したら、周りの人もずいぶん変わっちゃうだろうしなー」

 そう社食を見回しながら、千佳は言う。

 総務の課長が、スーツにカレーをこぼし、
「奥さんに叱られますよー」
と前に座っていた人事の女の子がおしぼりを取りに行きながら、笑っている。

「そうだねー。
 今が平和でよかったから、環境変わるの、ちょっと怖いよね」
とそちらを見ながら言うと、

「なに言ってんの。
 あんたが一番激変すんでしょ、結婚するんなら。

 ところで、パクチーパクチー言ってるけど。

 あんたの旦那、ナニ人じん?」
と言ってくる。

 さっきまで、圭太と結婚すると思っていたらしいのに、いつの間にか、千佳の頭の中の芽以の夫は、エスニックな国の人に変わってしまっていたようだ。

「……日本人だよ」

 しかし、この会社ともお別れか、と感慨深く芽以は社食を眺める。

 陽気な食堂のおばちゃんたちや、年季が入ってはいるが、小綺麗な室内。

 入社して人事の人に初めて此処に連れてこられたときのこと思い出し、ちょっとしんみりしてしまった。




 定時に仕事が終わり、ビルの外に出ると、ロングの黒のトレンチコートを着た背の高い男が立っていた。

 うわっ、格好いい人っ、と思わず思ってしまったが、逸人はやとだった。

 ダブルブレストのトレンチコートに同色の革の手袋。

 ……お前は何者だ、と思っていると、側に居た千佳が、
「なんだ、やっぱり、あのときの人じゃん」
と笑って肩を叩いてきた。

 違うよ。
 そっくりなのは、顔だけだよ……。

 お前の目は節穴か、と思っている芽以に、千佳は、
「引っ越し、なんか手伝うことがあったら言って。
 じゃ」
と言うと、逸人に頭を下げ、さっさと行ってしまう。

 どうやら、お邪魔にならないよう、気を使ってくれたらしかったが。

 ……一緒に居てくれてよかったんですよ、と芽以は逸人を見上げ、青ざめる。

 逸人と二人きりになると、緊張するからだ。

 幼なじみなのにな、と思っていると、千佳に頭を下げ返した逸人が、
「今日とりあえずの荷物運ぶんだろ?
 手伝おう」
と言ってきた。

 まだ青ざめたまま、芽以は、
「……はい」
と小さな声で頷いた。


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