パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
2 / 101
残念だが、お前とは結婚できないことになった

さらに訳のわからないことを言う人が……

しおりを挟む
 

 いやー。
 好きだったかと訊かれたら、よくわからないんだが……。

 なにか衝撃的なことがあった気がするのに、いつも通りに、一人暮らしの部屋の洗面所で化粧を落としながら、芽以は思う。

 人間って、こういうときにもちゃんと、やるべきことはやるんだな、と思いながら。

 いや、こういうときだから、ぼんやりしたまま、常日頃やっていることを繰り返しているだけなのかもしれないが。

 それにしても、ずっと一緒だったから、突然居なくなるとか言われたら、寂しいかな……。

 そんなことを思いながら、拭き取り用のコットンを手に、腕に問題があるので、化粧してもしなくても、あまり変わりのないおのれの顔をぼんやり眺めていると、濡れないよう棚の上に置いていたスマホが鳴り出した。

 はいはい、と取ってから気づく。

 逸人からだ、と。

「……もしもし?」

 逸人さんがかけてくるなんて珍しいな、と思いながら、スマホに出たあとで、ハッとした。

 まさか、圭太め。
 錯乱したまま、逸人にまで同じことを言ったとか?

『芽以と結婚してやってくれっ』
とあの勢いで言って、クールな弟に追い返される圭太の姿がリアルに頭に浮かぶ。

 すると、案の定、
『さっき、圭太から電話があって、お前と結婚しろと言ってきたぞ』
と逸人が言ってきた。

 しかし、相変わらずだな、と芽以は思う。

 『もしもし』も、『こんばんは』もないのか。

 逸人は大抵、なんの前置きもなく、しゃべり出す。

 そして、言いたいだけ言って切るのだ。

 気配りの男と言われる圭太とは対照的な男だった。

 こんな感じで、昔から、女子にもあまり気を遣うことはなかったが、圭太とよく似たその顔で密かに人気はあるようだった。

 圭太と逸人は、昔から、双子でもないのに、よく似ている。

 醸し出す雰囲気はまるで違っていたが。

 陽気で人当たりのいい圭太と、なんだかわからないが、常に、なにか苦いものでも噛んでんのか? と問いたくなる顔をしている逸人。

 だが、逸人のそういうところがいいという女子も少なからず居ることは知っていた。

 いや、なんか巻き込んでごめん、と迷惑そうなその口調に言いかけたとき、

『いいぞ、今すぐ、来い』
と逸人が言い出した。

 ……はい?

『今すぐ来い。
 気が変わりそうだから』

 逸人さん、今、なんて言いましたか?

 さっきの圭太の言葉よりも理解できない。

 逸人は年下のくせに、いつも私を見ては、溜息をついているような男だったはずだが、と芽以は耳から離したスマホを見つめながら固まる。

 だが、よく通る逸人の声は、離れた位置からもよく聞こえた。

『断ったら、圭太がうるさいから』

 とりあえず来い、今すぐ来い、と言う。

 この弟は兄を絶対、兄とは呼ばない。

 昔から呼び捨てだった。

 いや、そういえば、最初からではなかった気がするが。

 小さな頃は二歳の差は大きかったはずなのに、逸人の方が落ち着き払っていて、圭太以上になんでも出来たから、圭太も弟が呼び捨てにするのを許していたようだった。

『今すぐ来い。
 中通りのバス停前の、白い壁に緑の看板の店だ』

 は? 店? と芽以は時計を見る。

 もう十一時半を回っている。

 呑み屋かな? と思っていると、
『俺の店だ』
と逸人は言う。

「……俺の店」

 莫迦みたいに、逸人の言葉を口の中で繰り返す。

 ちょっとなにを言われたのかわからなかったからだ。

 逸人は確か、圭太とともに、父親の会社に居たはずだが……。

『白い壁に緑の看板。
 住所は中通3-9……』

 相変わらず、マイペースな逸人は、いきなりツラツラと住所を言い出す。

 ひーっ、と慌てて芽以はメモを取りに、リビングへと走った。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...