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事件の匂いがするらしいです……
この人、なにっ!?
しおりを挟む平川の自宅はよく萩で見かける昔ながらの民家だった。
小綺麗にしてあり、落ち着いた、いい雰囲気の平屋だ。
風が心地の良い季節だからか、開けっ放しにしてある縁側から桂は庭を眺めている。
いや、平川さんが説明してくれているのだから、こちらを見ろ、と夏巳は思っていた。
平川がぶつかったという柱は部屋の真ん中に唐突にあった。
何故、こんなところに……と思ったのだが、元は二つの部屋だったのを、ひとつの広い部屋に改築したときに残ったものだと言う。
「あー、此処にまだ真新しい血の痕がありますね」
と夏巳が角が鋭利な古い柱を指差しながら言うと、後ろで、父親が、
「お前が鑑識か……」
と呟いていた。
結局、全員で平川の家にお邪魔していたのだ。
円形のちゃぶ台の上にはビール瓶とグラス。
それに、少し刺身の残った皿がある。
なにもかもが平川の証言を裏付けるものばかりだった。
……いや、だから、平川さんは、被害者なんだが、と夏巳が思ったとき、
「あ、瀬付きアジの刺身じゃないですかー。
もったいない」
と向かい側から夏巳と同じようにちゃぶ台を覗き込んでいた小笠原が言ってくる。
「美味しいですよね、瀬付きアジ。
僕、こっち来たとき居酒屋で食べてびっくりしました」
自分たちにとっては、食べ慣れた刺身だが、他所から来た人たちは、その脂の乗り具合と味に驚くようだった。
遠方の親戚が、この瀬付きアジを食べるためだけに、此処に住みたいとのたまったほどだ。
しかし、ビール一本でこんなに酔っぱらうのか? と夏巳は思ったが、畳の上にも、もう一本転がっていた。
そのとき、
「なんで、夏みかんが庭先に転がってるんだ?」
と桂が言い出した。
なるほど。
そういえば、縁側の先に夏みかんがひとつ、転がっている。
「あー、ほんとですねー」
とそれを見て、平川が言う。
「拾わなくていいのか」
と言う桂に、平川が笑って、
「ああ、あとで拾っておきますよ。
お好きですか? 夏みかん。
何個かあげましょうか?」
と言った。
「この夏みかん、なんで此処にあるんだ?」
と桂が問うと、小笠原が、ぽん、と桂の肩を叩いて言う。
「びっくりしますよねー。
萩では、そこ此処の庭先に夏みかんが落ちてたりして、誰もそれ、拾わないんですよ。
みんな大抵、庭に夏みかんの木があるから」
いや……全部の家にじゃないと思うが。
だが、まあ、借家とかにも普通にあったりするし。
そこ此処に転がっていても、誰も不思議に思わない。
だから、視界に入っていても、ああ、あるなーと頭の片隅で思うだけで、それ以上、認識しないというか。
この家も庭の何処かに夏みかんの木があるのだろう。
玄関から此処までの間には見えなかったが。
だが、そういえば、確かにおかしいな、と思ったとき、桂が言い出した。
「夏みかんがそこ此処にあってもおかしくないとしても。
今、此処にあるのはおかしくないか?
夏みかんの木があるのは、この近くじゃないようだし。
俺が指摘して、初めて、ほんとですね、と言ったということは、平川さんが取ってきたわけじゃないんだろう?」
そうなのだ。
日常の光景に溶け込んでいる夏みかんなので、なんとも思わなかったのだが。
誰かが運んできたのでない限り、此処にあるのはおかしい。
だが、平川が、
「妻が持ってきたんじゃないですか?」
と言い出した。
「洗濯物干しに行ったときとか、たまに落ちてたら、拾ってきますよ」
……そういえば、奥さんという住人も居たな。
つい、なんでもかんでも事件にしようとする桂さんに釣られてしまった……と夏巳が思ったとき、車が横のガレージに入るのが見えた。
やがて、
「ただいまー」
と紙袋を手にロングヘアの綺麗な女の人が門から入ってくる。
だが、彼女は、玄関に到達する前に、縁側に突っ立っている見知らぬ人々に気づき、ぎょっとしたようだった。
「こ……こんにちは」
と夏巳が恥ずかしそうに挨拶をすると、
「あ、ああ、こんにちは」
となんだかわからないまま、挨拶を返してくれはしたが。
この平川の妻らしき人物の視線は、夏巳と不審な男たちではなく、ほとんど、桂を見ていた。
「遅かったね」
と言う夫に言葉を返しながらも、彼女は、
この人、なにっ!?
と言うように、何度も謎のイケメンを振り返り、見ている。
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