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そして、また夜がやってきた
そこそこ良い妃になりそうだ
しおりを挟む「シャナ、お役目は終わったか」
シャナがカーヌーンを返しに兵士の詰所に行くと、フェルナンはそう訊いてきた。
「どうだ。
今夜は首尾良く行きそうだったか?」
今、ちょうど誰もいないから、そんなことも訊いてくる。
「王とアローナ様ですか?
王は私がカーヌーンを抱え、帰り支度をしている間に出て行かれましたよ」
「……駄目じゃないか」
と眉をひそめたフェルナンは、
「なにしに行ったんだ、お前」
と言ってくる。
「いや、カーヌーンを弾きにですよ」
と言うと、フェルナンは、
「アローナ様の演奏ではロバが踏み殺されるばかりだから、お前が雰囲気を盛り上げに行ったのかと思ったのに」
と言う。
フェルナンはシャナがカーヌーンを弾き、アローナが美しい歌声を披露したところで、よしよし、と思って寝室の前から去ったようだった。
まあ、アローナが歌っていたのは、調味料の順番だったので、そもそもが雰囲気に欠ける歌ではあったのだが。
彼女はアッサンドラの言葉で歌っていたので、そこは意識的にスルーすれば、スルーできないこともなかっただろう。
「フェルナン様。
フェルナン様はアローナ様が王の妃になったので、よろしいのですか?」
そう訊くと、腕組みしたフェルナンは渋い顔をしながらも言ってきた。
「いいも悪いもない。
珍しく王が気に入られた姫なのだから。
前王があのような方だったので、あの父親を反面教師として、ジン様は王にしては身綺麗すぎるくらい身綺麗に生きて来られた。
なので、もしや、このまま妃は娶らないとか言い出されるのではと、ちょっと怖かったのだ。
前王のとき、後宮のみなが気の多い王様の気をなんとか引こうと、陰謀渦巻いて大変だったのも、ずっと見てこられてたしな。
そんな王が今はご自分からアローナ様を欲しておられる。
ちょっと変わった姫だが、刺客から王を守ってくれたり、私の悩みも解決してくださったりする。
私としては、このまま上手く式まで持ち込めればと思っているのだが」
「でもフェルナン様は、ずっとアローナ様を娼婦だと思ってロクでもない態度をとってらっしゃましたよね?
アローナ様に根に持たれているかもしれませんが、よろしいのですか?」
「……知らなかったんだから、仕方ないだろう」
「わたくし、あーあ、と思いながら、見ておりました」
と白状すると、
「お前は最初からアローナ様がアッサンドラの姫だと知っていたのか」
とフェルナンは責めるように言ってくる。
「はい」
「いや、教えろよ……」
「いえいえ。
わたくし、殺し屋として潜んでおりましたので、教えられるわけないじゃないですか」
っていうか、そのような義理もありません、と言うと、フェルナンは無言でこちらを見たあとで、
「お前、明日から警備の方に回してやろうかと思っていたが、厨房に戻るか」
と脅してくる。
「あ、その件でしたら、もう大丈夫です。
わたくし、先程、正式に王に雇われまして」
「暗殺者としてか?」
とフェルナンが驚く。
「王は、ついに前王を殺されるのか?
それとも、小賢しいアハト様を?
あるいは、食事を残すと、いちいち小言を言ってくる料理長を?」
「いやそれ、あなたが始末したい相手ですよね?」
と確認したあとで、シャナは言う。
「違います。
私は暗殺者としてではなく、間者として雇われたのです。
前王の様子を見て来いと。
アローナ様を差し出すよう、前王が言われているようですね」
ジンの腹心の部下であるフェルナンになら言ってもよいだろうと思い、そう告げると、うむ、と頷き、フェルナンは眉をひそめた。
「前王は困った方なのだ。
強い王かもしれないが、あのような方が支配する国では民は幸せにはなれない。
ジン様は強く賢いが、人の良いところがあるので。
もしかしたら、他国から舐められる部分もあるかもしれない。
だが、国民はジン様の方を支持している」
だから、これで良いのだ、とフェルナンは言い切った。
「我が国は強くなりすぎた。
このままでは周囲の諸国が反発し、結託して、我が国に歯向かってくるかもしれん。
だからこれで良いのだ」
「そうですか。
まあ、前王は確かに困った方のようですね。
私ももともとはあの方を殺すのに雇われたので、いろいろ調べておりましたけれど。
残忍で色ボケで強欲に他国を取りに行く困った王様なのに、何処か憎めないところもある」
「……そここそがもっとも困ったところなのだ。
それでジン様も前王を殺すに殺せないし。
私を含め、周りの者も前王を殺せと進言しにくい」
「この城の皆さん、人がいいですよねえ」
とシャナは変に感心したように言ったあとで、
「まあ、とりあえず、潜入してきますよ」
と軽く言った。
「ああ、あのお二人のことなら、きっと大丈夫ですよ。
今日も私が王より後にアローナ様の寝所から出てきただけで、打ち首にされそうな雰囲気で。
王は、かなりアローナ様にご執心のようですからね。
アローナ様も実のところ満更でもないご様子」
と言うと、ほう、そうなのか? とフェルナンは身を乗り出す。
「そもそも、アローナ様の性格からして、ほんとうに嫌だったら、鷹に乗ってでも逃げ出してますよ。
ジン様は前王と違って、それでアッサンドラに報復に出るとかやりそうにないですからね」
そう言いながら、シャナは天高く舞う鷹の足にぶら下がり、去っていくアローナを思い浮かべた。
まあ、鷹がアローナの体重を支えられるわけもないのだが。
なにかそんな突飛なことをやり出しそうな雰囲気がアローナにはあった。
ああ見えてジンは生真面目だ。
奇想天外な作戦やアイディアなど、自由な発想が彼には足りない気がする。
アローナ様は、そこを補う、良い妃になりそうだ、とシャナは勝手に思った。
「ま、そのうち、なるようになるのではないですか?」
そう軽く言い、では、とシャナは詰所から消えた。
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