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隠し神
箱の中
しおりを挟む男たちが置いていった手燭を取り、左衛門はゆっくりと室内を見回す。
「早くしろ。
長くは持たん」
左衛門は動かないまま、視線だけで、用心深く品物を窺いながら、
「やはり、火事は那津様の仕業でしたか」
と言う。
「此処でなにかしたいことがあるんだろう」
「そうですな。
那津様のご報告の通り。
この秘密の穴蔵に隠し神が盗った品を隠しているのなら」
「隠し神は、多めに物を盗り。
ひとつ、ふたつと返していく。
そして、隠し神の噂を流した。
すると、みんな思うんだ。
大事な物がなくなってしまったが、隠し神の仕業かもしれん。
そのうち、出てくるかもしれないから、放っておこう――。
実際、被害に遭った者たちは、みなそう言っていた」
「私も放っておいても、いずれ出てくるものなら、それでよかったのですがね」
そう言いながら、左衛門が手燭で照らす先を那津も凝視していた。
なにが入っているのか、立派な箱や、根付などが棚の上に並んでいる。
那津はそちらに近づき、根付のひとつを手に取った。
「ひとつ返って、もうひとつは返ってきていなくとも。
そのうち、あれも戻るはず、と呑気に構えている間に、その品は、もうどうしようもないところまで流れていってしまっているのかもしれない」
そう言いながら、那津はそれを元に戻す。
「ありましたな」
左衛門は壁際の棚の上に置かれている小さな石の仏を確認したようだった。
そこに行った左衛門は、手にしていた黒塗りの箱の蓋を開ける。
中には一冊の本が入っていた。
それを仏の下にあった本とすり替える。
すぐに男たちが戻ってきた。
「なんでい、ぼやじゃねえか。
あの岡っ引き、大騒ぎしやがって」
「あいつは、七郎ってゴロツキだ。
岡っ引きとして雇ってもらったばかりなんで、はしゃいでんだよ」
……すまんな、七郎、と那津が思ったとき、男たちが左衛門に訊いてきた。
「置きたい場所は決まったか。
中身を見せたのち、この紙に記せ。
爪印も忘れるな」
左衛門は男たちに、箱の中身を見せた。
高価そうな櫛とさっきの本だ。
左衛門がペラペラとめくって見せると、最後の辺りに『左衛門殿』と達筆な字で書いてあった。
「うむ。
では、預かろう」
と男たちはそれを左衛門が言う位置に置く。
左衛門が振り返り那津に言った。
「那津様、なにか預けたい品があったら、ご一緒にどうですか。
付き合ってくれた礼に、私が金を出しますよ」
左衛門が金を出すとか、恐ろしすぎる……と思い、那津は丁重に断った。
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