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隠し神
いや、無事じゃいけないのか
しおりを挟むすでに人通りの少なくなった吉原の通りで那津が左衛門と話していると、何故か愉楽がやってきた。
「……あっさり辿り着いたわ。
刺客にも襲われずに」
と不思議なことを言ったあとで、他の遊女から聞いたという隠し神の話を教えてくれる。
「なるほど。
俺の思った通りだな」
そう呟くと、え? と愉楽が見上げた。
「ところで、その謎の刺客に襲われるかもしれないと思ったのに、何故、俺に教えに来た」
と愉楽に問うと、
「そうね。
何故かしらね」
と愉楽は小首を傾げて見せる。
「きっと、なにかあっても、あなたなら助けてくれそうな気がしたからかしら」
左衛門が、おやおや、という顔をしたが、愉楽との間に艶っぽい雰囲気はまるでなかった。
しかも、愉楽は自分と左衛門に釘を刺すようにいう。
「あなたが頼り甲斐があると思って、そう言ったわけじゃないわよ。
客観的に判断して、この人は人を見捨てる人ではないな、と思っただけよ。
のし上がるのに、必要でしょ?
そういう人の見極め」
じゃあね、とさっさと帰ろうとした愉楽に那津は言う。
「待て。
なにか礼をしよう」
「そうねえ。
私の客になって欲しいとこだけど。
そんな金はなさそうだから、今度、最中の月でもおごってよ」
じゃあね、と今度こそ行ってしまった。
たそや行灯の光に照らされた愉楽の後ろ姿を見ながら、那津は呟く。
「……そういえば、あいつも廓言葉を使わないな。
仕事以外では、みな使っていないのか?」
「いいえ、みんな使っておりますよ、普段から。
うちで使っていないのは、桧山と明野くらいです。
あの二人が客と居ないときに廓言葉を使わなくとも許しているのは、あの二人が莫迦ではないからです」
そう左衛門は言う。
「他の遊女にやらせてごらんなさい。
切り替えがきかなくて、客の前でも普通に喋り出しますから」
なるほど……。
「そもそも、みんな、切り替えがきかないことを自覚しているので。
こちらが命じなくとも、自分たちで使わないように気をつけております。
愉楽がああして、気を許した人間には、普通にしゃべっているのも、自分で切り替えられる自信があるからでしょう」
この吉原で一、二を争う花魁たちは、やはり、抜き出て賢く、また要領もいいのだろう。
まあ普段の咲夜を見ていると、とても要領がいいとは思えないのだが……。
……それと、愉楽が自分に気を許しているというのもない気がするのだが。
どちらかといえば、自分に愛想を振るつもりがないので、廓言葉を使わないのでは、と那津は思っていた。
それから左衛門が次々と穴蔵屋に声をかけ、なんとか怪しい穴蔵屋の目星がついた。
左衛門に秘密の箱……に見えるものを用意してもらい、それをその穴蔵屋に預けることにする。
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