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隠し神

ちょっとした冒険

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 さすがの吉原も静かになる時間。

 だが、町には灯りがまだ灯っている。

 誰かに見られるかもしれないので、走るわけには行かない。

 私はいつも優雅に歩いていなければ、と思いながら、愉楽は早足で通りを歩く。

 大名も怯える那津。

 消えたはずの与力だったり、廃寺の坊主だったり。

 あの桧山や飛ぶ鳥を落とす勢いの明野に気に入られていたり。

 なんだかよくわからない男。

 隠し神のことをあの男に知らせようとして。

 殺されたりとかしないかしら、私。

 吉原の頂点を争っている今、いきなり殺されたりしたら。

 そしたら、私も玉菊みたいに祀ってもらえたりするかしら。

 吉原では、七月一日から玉菊灯籠という行事がある。

 才色兼備でみなに慕われていた玉菊という遊女が早世したので、みなが悲しみ、灯籠を吊るして供養したのがはじまりだ。

 駄目か、誰にも慕われてないもんね。

 用水桶とたそや行灯が交互に並んでいる通りを見ながら、愉楽は、たそや行灯が置かれるきっかけとなった事件を思う。

 たそや、とは、どなた? という意味だ。

 それで、通りが見えにくくならないようについている名前かと思ったが。

 たそや、という遊女が暗闇で斬り殺され、それから吉原から闇を消すために、置かれるようになったものだそうだ。

 今、斬り殺されたら、愉楽行灯とか増えたりして……。

 増えないか……と自虐的に思ったとき、行灯の側、明るい光の中に立つ那津の姿が見えた。

 いや、左衛門もいたのだが、美しい顔の方にしか目がいかなかった。

「愉楽」
とこちらに気づいて呼びかけてくる。

 愉楽は頬に手をやり言った。

「……あっさり辿り着いたわ。
 刺客にも襲われずに」

「なに物足りないみたいに言ってんだ」

 そもそも、何処の刺客に狙われるつもりなんだ、と那津は言う。

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