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隠し神
那津の旦那、勝負ですっ
しおりを挟む「俺は隠し神ってのは、あやかしじゃねえと思うんですよ。
穴蔵屋を流行らせるために、誰かが仕組んだものなんじゃないかと――」
いつもの煮売り酒屋で七郎が言ったとき、どかどかやって来た小平が、七郎を見て言った。
「誰だ、こいつは。
那津、今日もひとりで呑んでんのかと思ったら、なんか増えてんじゃねえか」
七郎は、そんな小平を見上げて笑う。
「あっ、小平の旦那ですね。
俺は堀川の旦那に雇われた岡っ引きです。
いや~、小平の旦那の噂はかねがね。
相当な凄腕だって聞きましたぜ」
ほう、と小平は、ちょっと嬉しそうだ。
まあ、実際、いい腕してるしな、と思いながら、那津は薄い酒を呑んでいた。
「解決した事件も数知れず、と聞きましたよ~」
七郎はさらに小平の気分をよくさせようとしてか、そう言っていたが。
事件の名前はひとつも挙げなかった。
おそらく、知らないのだろう……。
「まったく調子のいいヤツですね、こいつ」
と言った弥吉に向かい、七郎は言う。
「弥吉さんの話もよく聞きますよ~。
可愛い顔して、なかなかのやり手だって。
どんな情報でもすぐに手に入れてくると噂になってますよ~」
いや、そんな、と小平と同じくらい単純な弥吉が照れる。
「ささ、小平の旦那、弥吉さん。
まずは一献」
と七郎はちろりを手に酒を勧めている。
なんという調子のいい奴だ……と那津は思ったが。
まあ、小平たちにも意見も訊いてみたかったので、ちょうどよかった。
穴蔵屋と隠し神の話をする。
「同じ時期に出てきた気がするんですよね~。
その新しい形の穴蔵屋と隠し神」
そう七郎が言った。
「まあ、その案も悪くないが」
と那津が言うと、
「えっ、ほんとですかっ?」
と七郎はちろりを手にしたまま身を乗り出してくる。
「だがまあ。
もし、隠し神と穴蔵屋が関係あるとしても。
俺は少し違うことを考えてるんだが」
「そうなんですかっ。
では、勝負ですね、旦那っ」
と七郎が笑顔で言い出した。
――なんの勝負だ……。
「俺が勝ったら、旦那が俺を雇ってくださいっ」
「いや、お前、他の同心に雇われてるんだろうが。
俺は与力なんで……」
「与力、いいですね~。
モテる男と言えば、火消しに力士に与力ですよ、やっぱり」
あやかりてえや、と七郎は笑ったあとで、
「じゃあ、与力の忠信様としてじゃなく、那津様が雇ってください」
と言い出す。
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「坊主で絵描きって聞きましたよ。
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「愉楽様に、明野様に、桧山様っ。
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しかも、この旦那、誰に会うのにも、金いらずなんですよ。
ほんとうに尊敬しますっ」
「いや、そこ……?」
と弥吉が苦笑いし、小平が、
「桧山や愉楽の並びに、もう、さらっと入ってる咲夜がすげえな……」
と呟いていた。
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