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隠し神

俺の夢を聞くがいい

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 吉原の往来で揉めていたので、なんだか人が集まってきた。

「買えねえ遊女を見てるより、おもしれえや」
とこんなところに坊主の格好で来ている男と、町人のナリをした男が揉めているのをみんな見て笑っている。

「この生臭坊主めっ。
 貴様、一体、何者だっ」
と七郎と名乗る男は那津に因縁をつけてくる。

 生臭坊主めっ、と俺が罵られているのを聞いたら、隆次が手を打って喜びそうだな。

 那津は呑気にそんなことを考えていた。

 そのとき、七郎の連れのひとりが、彼の袖を引く。

「……様に騒ぎを起こすなって言われたろ」

 そう小声で話しているのが聞こえてきた。

 誰に言われたんだ? と思いながら、那津が、

「お前こそ、何者だ、七郎」
と言うと、七郎は、

「俺は岡っ引だ」
と言う。

 誰だ、こんな奴、雇ったの……と思ったが、まあ、岡っ引きは基本、犯罪者だから、みんな、こんなものなのだろう。

 さっきの聞き取れなかった、『……様』が雇い主の同心だろう。

 小平じゃないだろうな、と思いながら、那津は言う。

「そうか。
 俺は……」

 名乗れというから名乗ろうとしたのに、それを遮り、七郎は岡っ引きだという自己紹介のついでに、おのれの夢を語り出した。

「俺の夢は、いつか、将軍様か、その近しい人に雇われることだっ」

 いや、お前、俺が何者が聞きたいんじゃなかったのか……と思いながらも那津は話を聞いてやる。

「まあ、俺たちみたいな、ならず者が将軍様に雇ってもらえるとは思えねえけどよ。

 夢はデッカい方がいいじゃねえか」

 その台詞をたまたま通りかかったあの大名が、渋い顔して聞いていた。

 また来たのか、こんな時間に……と思いながら、那津が見ていると、
「それで、お前は何者なんだよ」
と七郎に、また訊かれる。

 だから、さっき言いかけたろ、と思いながら、

「俺は、廃寺の――」
と言おうとしたが。

「与力の忠信様だよ」
と通りかかった引手茶屋の若い使用人が笑って言う。

「いろいろと変装しては、秘密裏に吉原のことを調べてらっしゃるって聞いたよ」
と見覚えのある裏茶屋の人間も言う。

 そこに、お糸の働く小間物屋の主人が、
「こらこら、ベラベラしゃべったら、忠信様のお仕事の邪魔になるだろう」
と言ったが。

 いや、あんたもしゃべってるよ……と那津は思っていた。

「そうそう」
と面白がって中から出てきた咲夜が言う。

「この方は、長く潜んでおられて、町に出てきたばかり。

 みんないろいろ訊かないであげてくれだんす」

 今、まさに吉原中に広まってってる気がするが……と咲夜見たさに集まってくる男をたちを眺めなから、那津は遠い目をした。

 七郎が那津を見て言う。

「へえ。
 あんた与力様だったのかい。

 そいつはいいや。
 今度、俺も使ってくれよ。

 まあ、俺の夢は将軍様に遣われることなんで。
 そう長くは雇われてやれねえかもしれねえけどな」

 いや、お前、弥吉と違って、どっぷり犯罪に浸かってそうだから、雇うの怖いんだが……。

 というか、お前たち岡っ引きを雇うのは、同心だからな、と思う。

 そのとき、離れた場所から来た若い男が、七郎に耳打ちをした。

「うん、そうか。
 すぐに行こう。

 じゃあな、与力の旦那」
と言って、去りゆく七郎たちの声が微かに聞こえてきた。

「……隠し神が……」
と言っていた気がするのは気のせいだろうか。

 集まった人々はといえば、みんな、もう、いきなり現れた咲夜に気を取られ、自分が与力なことや、七郎たちの内緒話などどうでもいいようだった。

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