15 / 37
隠し神
二代目明野の秘密
しおりを挟む男たちがそれぞれでまた呑みはじめると、改めて、那津の描いた絵を眺めながら、隆次が言った。
「店では見せない桧山の顔だな」
「そうなのか?」
「桧山の普段の顔だ」
と隆次は言う。
いや、お前はいつ見たんだ、その桧山の普段の顔、と那津は思っていた。
なんだかんだで、桧山は隆次には気を許している気がする。
明野と思いを交わし合っていたこの男には、すでに、自分の罪を幾つも知られているから。
それで、身構えなくていいのかもしれないが――。
「すまねえな、那津」
と小平はその絵を受け取り言う。
「なんでもいいが。
この絵の桧山は艶っぽくていい。
これを買い取ったその若旦那は、今日も居続けだろうよ」
絵を付け狙う弥吉の目から隠すように、小平は絵を丸めて袂に入れていた。
「あっ、もっと見せてくださいよっ。
那津さん、僕にも描いてくださいっ」
と弥吉が叫ぶ。
那津たちがそんな話をしている頃、咲夜は今日の客に、また帰られようとしていた。
此処に来ていることが、結婚したばかりの妻にバレてしまい。
妻が、おかんむりらしい。
妻の実家の力が強いので、機嫌を損ねたくないと、せっかく登楼したばかりなのに、男は家に戻ろうとしていた。
「帰ってしまわれるのですか?」
咲夜は困ったように、その大店の息子を見上げる。
「いや、すまないね。
すぐに戻らないと、ちょっとまずくてね。
いろいろと弾んでおくから」
左衛門は金さえもらえれば、客が残ろうが、帰ろうが。
どうでもいいようで、下で若旦那の話を聞いても、引き止めもしなかった。
すがりつくように見る咲夜を愛しく思ったのか、若旦那は、
「そんな顔しなくても、また来るから」
と咲夜の頬に触れてくる。
だが、その瞬間、咲夜は首の後ろ辺りが、ぞくっと冷たくなった。
思わず、振り返ると、左衛門も無言で、咲夜の後ろを見ている。
左衛門にはすべて見えているのだろうか――。
咲夜は思っていた。
――どうせ、普通の客は私には触れられない。
『あれ』よりも力が弱いから。
だから、どちらかと言えば、この客が残ってくれた方がいいのだが……。
だが、すぐに戻らねばまずいと言う客を引き止めるわけにもいかない。
客の妻と揉めると、客がますます来づらくなるからだ。
大人しく客を送ったあと、咲夜は内所の前を通ったが。
左衛門はもうこちらを見もしなかった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
夕映え~武田勝頼の妻~
橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。
甲斐の国、天目山。
織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。
そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。
武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。
コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。
あやかし吉原 ~幽霊花魁~
菱沼あゆ
歴史・時代
町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。
新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。
エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。
※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。
アルファポリス版は、現代編がありません。
居候同心
紫紺
歴史・時代
臨時廻り同心風見壮真は実家の離れで訳あって居候中。
本日も頭の上がらない、母屋の主、筆頭与力である父親から呼び出された。
実は腕も立ち有能な同心である壮真は、通常の臨時とは違い、重要な案件を上からの密命で動く任務に就いている。
この日もまた、父親からもたらされた案件に、情報屋兼相棒の翔一郎と解決に乗り出した。
※完結しました。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

一ト切り 奈落太夫と堅物与力
IzumiAizawa
歴史・時代
一ト切り【いっときり】……線香が燃え尽きるまでの、僅かなあいだ。
奈落大夫の異名を持つ花魁が華麗に謎を解く!
絵師崩れの若者・佐彦は、幕臣一の堅物・見習与力の青木市之進の下男を務めている。
ある日、頭の堅さが仇となって取り調べに行き詰まってしまった市之進は、筆頭与力の父親に「もっと頭を柔らかくしてこい」と言われ、佐彦とともにしぶしぶ吉原へ足を踏み入れた。
そこで出会ったのは、地獄のような恐ろしい柄の着物を纏った目を瞠るほどの美しい花魁・桐花。またの名を、かつての名花魁・地獄太夫にあやかって『奈落太夫』という。
御免色里に来ているにもかかわらず仏頂面を崩さない市之進に向かって、桐花は「困り事があるなら言ってみろ」と持ちかけてきて……。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる