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隠し神
どっぺるげんがー
しおりを挟む「あの左衛門が、簡単にすられるとは思えないんだが……」
そう隆次は言った。
確かに。
あの隙のない男から、すり盗るとは、かなりの手練れ。
だが、それにしては、金はとってないと言う。
いろいろ引っかかるな、と話しながら、二人で扇花屋に向かった。
夜と違い、左衛門は少し暇そうだった。
那津たちが行くとお茶を出してくれる。
「ほう。
じゃあ、あの若旦那の話は嘘でしたか」
「いや、俺がそうじゃないかと思っただけだ」
「あなた様がそうおっしゃるのなら、そうなんでしょう」
意外な信頼を見せて左衛門は言う。
「ところで、ひとつ気になることがあるんだが」
と那津は左衛門に、先ほどの疑問をぶつけてみた。
何故、左衛門ほどの男が簡単に、すられたのかということだ。
「ああ、ちょっと気が他所を向いてましてね」
と左衛門は言う。
「……見たのですよ」
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「いいえ」
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「あなた様をです」
「……どういう意味だ?
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「そのままの意味です。
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町人のような格好で」
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「坊主に、与力に医者に町人。
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「……医者は此処での扮装だろうが」
と那津が言うと、
「それですよ」
と左衛門が言った。
「吉原の中でなら、あなたがどんな格好をされてても驚きませんが。
町中では話が別だ。
またなにか事件にでも首を突っ込んでおられるのかと思ったのですがね――。
まあ、ともかく、そちらに気を取られている間にすられたのですよ」
「……それはすまなかった」
と那津は謝る。
なんだか自分のせいのような気がしたからだ。
「だが、それは俺じゃないぞ」
と一応、弁明しておくと、左衛門は、
「そうでしょうな」
と言った。
……そうでしょうな?
考えてみれば、今追求するまで、その話をしなかったのもおかしい。
左衛門はいつもの表情の窺えない目でこちらを見て言う。
「私が今まであなたに言わなかったのは、その男はあなたに似ていたが。
あなたではないと思ったからですよ」
そのとき、
「左衛門殿」
と出入りの呉服屋がやってきて、左衛門に声をかけたので、那津たちはその場を離れた。
さっきから階段下で、当然のように、こちらの話を聞いていた咲夜が口を開く。
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「……どうだろうな」
その言い方が気になったらしい咲夜が問う。
「忠信様でないなら。
他にあてでもあるの?
あなたに似た人の」
そこで、隆次が笑って言う。
「そういえば、異国では、『もうひとりの自分に遭遇すると死ぬ』という噂があるらしいぞ。
どっぺるげんかーとか言うそうだ」
何故、笑いながら言う……と思いながら、那津は言った。
「確かに、もうひとりの自分と遭遇したら、死ぬかもな」
俺の場合、いろんな意味で――。
そう思っていた。
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