10 / 37
隠し神
やはり、現れたか
しおりを挟む那津たちが西河岸に向かって行くのに、左右に引手茶屋が並ぶ仲之町を曲がろうとしたとき、向こうから咲夜が歩いてきた。
店に居るときとは違う、町娘のような出立ちだ。
「咲夜、なにしに出てきた……」
と那津が言うと、
「いやいや、外の湯屋に行こうかなと思って」
としれっと咲夜は言うが。
また事件に首を突っ込もうとしているに違いない。
「昨日のご隠居さんはどうした?」
「家で寝る方がいいとか言って、朝を待たずにお帰りになったわ。
まあ、あの年になると、慣れた枕が一番よね」
いや、旅行か……と那津が思ったそのとき、咲夜がボソリと言った。
「……私のところに来るのは、そういうお客さまが多いのよ。
ただ評判の明野を眺めに来ただけだからとか帰るとか。
急に火の元が気になったから帰るとか」
いや、お前のところに来る客なんて、家に使用人がいっぱいいるだろうに、なんで急に火の元が気になるんだと思ったが。
その理由はわかる気がして。
那津は黙って、咲夜の後ろを見た。
だが、此処でそのことを追求したくないので、
「まあ、江戸で火事を出すと大ごとだからな」
と言って話を締めた。
まあ、そんな感じで客の相手をする時間も少ないので、咲夜は暇を持て余しているのだろう。
しかし、可哀想だが、連れては行くわけには行かない。
「お前を連れてくと左衛門に怒られる」
と那津は咲夜に言った。
「あとで報告に行くから、帰って待ってろ」
と言うと、はあい、と渋々、引き上げていく。
ほんとうに戻るか気になって見張っていると、咲夜は扇花屋から出てきた桂に腕を引っ張られ、連れ戻されていた。
「あっ、明野姉さん、こんなところにっ。
みなさん、お探しですよっ」
……やっぱりな、と思いながら、ようやく那津たちは西河岸に迎う。
実助は、扇花屋から出てくるのだから、此処で待っていてもいいようなものだが。
湯屋の近くで、たまたま出会ったので、話を持ちかけたという形にしたい。
そう那津は思っていた。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
妖刀 益荒男
地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女
お集まりいただきました皆様に
本日お聞きいただきますのは
一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か
はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か
蓋をあけて見なけりゃわからない
妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう
からかい上手の女に皮肉な忍び
個性豊かな面子に振り回され
妖刀は己の求める鞘に会えるのか
男は己の尊厳を取り戻せるのか
一人と一刀の冒険活劇
いまここに開幕、か~い~ま~く~
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
黄昏の芙蓉
翔子
歴史・時代
本作のあらすじ:
平安の昔、六条町にある呉服問屋の女主として切り盛りしていた・有子は、四人の子供と共に、何不自由なく暮らしていた。
ある日、織物の生地を御所へ献上した折に、時の帝・冷徳天皇に誘拐されてしまい、愛しい子供たちと離れ離れになってしまった。幾度となく抗議をするも聞き届けられず、朝廷側から、店と子供たちを御所が保護する事を条件に出され、有子は泣く泣く後宮に入り帝の妻・更衣となる事を決意した。
御所では、信頼出来る御付きの女官・勾当内侍、帝の中宮・藤壺の宮と出会い、次第に、女性だらけの後宮生活に慣れて行った。ところがそのうち、中宮付きの乳母・藤小路から様々な嫌がらせを受けるなど、徐々に波乱な後宮生活を迎える事になって行く。
※ずいぶん前に書いた小説です。稚拙な文章で申し訳ございませんが、初心の頃を忘れないために修正を加えるつもりも無いことをご了承ください。
夕映え~武田勝頼の妻~
橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。
甲斐の国、天目山。
織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。
そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。
武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。
コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。
あやかし吉原 ~幽霊花魁~
菱沼あゆ
歴史・時代
町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。
新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。
エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。
※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。
アルファポリス版は、現代編がありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
一ト切り 奈落太夫と堅物与力
IzumiAizawa
歴史・時代
一ト切り【いっときり】……線香が燃え尽きるまでの、僅かなあいだ。
奈落大夫の異名を持つ花魁が華麗に謎を解く!
絵師崩れの若者・佐彦は、幕臣一の堅物・見習与力の青木市之進の下男を務めている。
ある日、頭の堅さが仇となって取り調べに行き詰まってしまった市之進は、筆頭与力の父親に「もっと頭を柔らかくしてこい」と言われ、佐彦とともにしぶしぶ吉原へ足を踏み入れた。
そこで出会ったのは、地獄のような恐ろしい柄の着物を纏った目を瞠るほどの美しい花魁・桐花。またの名を、かつての名花魁・地獄太夫にあやかって『奈落太夫』という。
御免色里に来ているにもかかわらず仏頂面を崩さない市之進に向かって、桐花は「困り事があるなら言ってみろ」と持ちかけてきて……。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる