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隠し神
やはり、現れたか
しおりを挟む那津たちが西河岸に向かって行くのに、左右に引手茶屋が並ぶ仲之町を曲がろうとしたとき、向こうから咲夜が歩いてきた。
店に居るときとは違う、町娘のような出立ちだ。
「咲夜、なにしに出てきた……」
と那津が言うと、
「いやいや、外の湯屋に行こうかなと思って」
としれっと咲夜は言うが。
また事件に首を突っ込もうとしているに違いない。
「昨日のご隠居さんはどうした?」
「家で寝る方がいいとか言って、朝を待たずにお帰りになったわ。
まあ、あの年になると、慣れた枕が一番よね」
いや、旅行か……と那津が思ったそのとき、咲夜がボソリと言った。
「……私のところに来るのは、そういうお客さまが多いのよ。
ただ評判の明野を眺めに来ただけだからとか帰るとか。
急に火の元が気になったから帰るとか」
いや、お前のところに来る客なんて、家に使用人がいっぱいいるだろうに、なんで急に火の元が気になるんだと思ったが。
その理由はわかる気がして。
那津は黙って、咲夜の後ろを見た。
だが、此処でそのことを追求したくないので、
「まあ、江戸で火事を出すと大ごとだからな」
と言って話を締めた。
まあ、そんな感じで客の相手をする時間も少ないので、咲夜は暇を持て余しているのだろう。
しかし、可哀想だが、連れては行くわけには行かない。
「お前を連れてくと左衛門に怒られる」
と那津は咲夜に言った。
「あとで報告に行くから、帰って待ってろ」
と言うと、はあい、と渋々、引き上げていく。
ほんとうに戻るか気になって見張っていると、咲夜は扇花屋から出てきた桂に腕を引っ張られ、連れ戻されていた。
「あっ、明野姉さん、こんなところにっ。
みなさん、お探しですよっ」
……やっぱりな、と思いながら、ようやく那津たちは西河岸に迎う。
実助は、扇花屋から出てくるのだから、此処で待っていてもいいようなものだが。
湯屋の近くで、たまたま出会ったので、話を持ちかけたという形にしたい。
そう那津は思っていた。
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