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海里のろくでもない日常
ドキドキする理由
しおりを挟む夕食も終わり、それぞれ土産物を見に行ったりして、三々五々散っていった。
海里もあまりと土産物を見ていたが、そのうち、一緒に見ていた秋月夫婦が部屋に引き上げたので、自分たちも少し遅れて戻ることにした。
海里が、
「お前、夕食のとき、後半、ほとんど室長の奥さんの話聞いてたな」
とあまりに言うと、
「はい。
昔のお話とか、お料理のお話とか、いろいろためになって、興味深かったです」
とあまりは笑う。
結構、同じ話が繰り返されていたようだったのだが、あまりは嫌な顔ひとつせず、頷いて聞いていた。
部屋のある棟に渡るあの赤い太鼓橋の近くまで来たとき、
「海里さん、海里さん」
とあまりが手を握ってきた。
「桜田さんと、寺坂さんです」
見ると、桜田と寺坂がラウンジで、ライトアップされた庭を見ながら、二人並んで呑んでいる。
「お似合いですねっ。
幸せそうで、見てると、ドキドキしてきますっ」
とあまりはそちらを見ながら、握る手に力を込めてきた。
いや……俺は、お前に手を握られてることの方がドキドキするんだが、と思っていた。
部屋に入った海里は、さて、と寝ようとするあまりの肩をつかむ。
「待て」
あまりは、うっ、と動きを止めた。
「一緒に露天風呂に入るんだったろ?」
と脅迫まがいに言うと、
「そ、そうですね。
でもあの、外から見えるので、一緒に入るのは恥ずかしいのですが」
とあまりは言ってくる。
「一緒に入らなくても、外から見えるだろ。
誰と入っても一緒だ。
嫌なら目隠しをしろと言っただろう。
俺はただ、お前と月を愛でながら風呂に入ってみたいんだ」
とちょっと風流に言ってみたのだが、
「いやあの……目隠ししたら、私は見られませんよね」
と言われてしまった。
「ほんとだ。
素敵な月です」
とあまりの声がする。
ふうー、という満足げな吐息と、水音もした。
「……せめて月が見たいんだが」
結局、海里は目隠しをさせられ、あまりに手を引かれ、露天風呂に入っていた。
月もあまりも見えん。
意味がわからないんだが……と思う。
しかも、身体が触れないように、狭い露天風呂の中なのに、ギリギリの距離を取られている。
「せめて手でもつなごうじゃないか」
と恨みがましく言うと、
「じゃあ、はい」
とあまりは手を握ってくるが。
「それは握手だ。
……イギリスでは、人と出会ったら、まず、握手をするが。
これは、武器は持っていない。
危害は加えない、という意味だ」
と言って、握手したあまりの手を振る。
「あの……今にも加えられそうなんですけど」
と少し察しのよくなったあまりが言ってくる。
そのまま少し、しょうもない話をしていたら、あまりは、エスペラント語の本を持ってきたという。
「この間、語彙不足を痛感しましたので」
と言うので、
「いや、お前。
そうそう旅先で使う機会もないだろうよ。
海外じゃないんだから」
と言ったあとで、
「じゃあ、少ししゃべってみろ」
と言うと、あまりは、
「Mi havas internacian stirlicencon.」
(私は国際免許証を持っています。)
と言ってきた。
「また例文か」
「いえ、ほんとに持っています」
「……なんでだ。
お前、海外行かないんだろう?」
「おにいちゃんが申請しに行くとき、ひとりじゃ嫌だと言って、私を引きずって行ったんです」
「お前も新――」
と言いかけ、あまりは言葉を止めた。
新――?
お前も新婚旅行のときとか居るかもしれないだろ、とか?
……今だな。
今、此処だっ、と思った海里は咳払いし、
「おい、国際免許証って、一年しか持たないだろ。
新――」
新婚旅行、一年以内に行かないとな、とさりげなく、言おうとした瞬間、あまりが言った。
「Mi vomos.」
(嘔吐します。)
「また例文か……」
「いえ、結構呑んで入ったので、本当に気持ち悪いんです」
「日本語でしゃべれーっ!」
と言って、慌ててあまりを湯から出して、冷ました。
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