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海里のろくでもない日常
秋月さんの考える部屋割り
しおりを挟む鼻歌混じりに廊下を歩いていたあまりは、秋月と出くわした。
「おっ、あまり。
旅行来るんだよな」
と確認される。
はいっ、とご機嫌で返事をすると、秋月は、ふふふふ、と笑い出した。
「実は、旦那の親が子どもたちを見てくれることになったので、うちの旦那も行くことになったんだよ」
「ええーっ。
そうなんですかっ?
楽しみですっ」
と言うと、
「おとなしくて、ヘタレでしょぼいけど、いい旦那なんだよ。
集団で男風呂に行くときとか、印象薄すぎて、支社長たちに置いていかれないといいなと思ってるんだが」
と言ってくる。
……どうしましょう。
なんだか想像通りのご主人です、とあまりは苦笑いする。
おそらく、今、頭に思い浮かべたので、出会っても、ああ、という感じで間違いないだろう。
しかし、みんなで男風呂か。
室長を先頭にしたら、水戸黄門様御一行って感じだな、と思ってしまう。
「お子さんも連れてらしたらよかったのに」
と言うと、
「んー。
それも考えたんだが。
子どもたちも温泉好きだし。
でも、みんなが落ち着かないだろうし。
奴ら食事時も浮かれて駆け回りそうだからなあ。
落ち着いて食べられないじゃないか、旦那が」
と言う。
ご主人がですか……。
大酒呑んで騒いでいる秋月の横で、あたふた子どもの世話をするご主人の姿が浮かび、可哀想なような、微笑ましいような。
「ああそう。
部屋、男女で割ってもいいかなと思ったんだけど。
夫婦単位にすることにしたから。
室長の奥様も来られるし」
と言われ、
「ええっ?
そうなんですかっ?」
と言うと、
「そうなんだよ。
私も、あんたたちとと女子トークするの楽しみにしてたんだけどさ。
……ま、寺坂さんに、口実を与えてやろうかと思って」
と言われ、ああ、と頷く。
もう婚約しているというのに、寺坂の純情さが災いして、二人の仲はあまり進展していないようだった。
「まあ、枕投げは社長と二人でやりなさいよ」
と言われてしまう。
いや……枕投げなんて。
やったら楽しいかなとは、ちょっと思ってましたけど……。
「や、やりませんよ。
いい大人ですから」
と慌てて言ったが、そうか? と見透かすように秋月は笑っていた。
「でも、結婚までなにもないというのも素敵かな、とは思うんですが」
ともらすと、秋月が、呆れたように言ってくる。
「自分は毎晩社長が来てるくせに、なに言ってんの」
あまりは赤くなり。
「いっ、いえいえっ。
毎晩来られると言っても、疲れてすぐに眠られることも多いですしっ」
と赤くなって、手を振っていると、後ろから硬いもので後頭部を小突かれた。
「なによ。
どうせ、ただ寝に来るだけのときも、膝枕とかしてあげてんでしょ」
草野が立っていた。
手にしていたボールペンの束で突いてきたようだ。
「はい、秋月さん」
とそれを渡している。
「いえいえいえっ。
そんなことっ」
……してますけど。
『今日は疲れたから、もう寝る』
と勝手に膝の上に横になり、目を閉じる海里の整った顔を見ながら。
目を閉じてると余計に格好よく見えるなーと思って、ぼんやり眺めてるとか言うと殴られそうだな、と思っていた。
だが、なにも言ってはいないのに、やっぱり小突かれた。
「廊下で堂々、のろけてんじゃないわよ」
あーあ、私も旅行、行きたかったわ、という草野にあまりは言う。
「いや、くればいいじゃないですか。
その彼氏さんとやらと」
「いやあね、まだ連れて行けるような間柄じゃないのよ」
そう草野はちょっと照れたように言ってきた。
最初は旅行に来ると言っていた草野だったが、その日は、カフェでナンパした相手と初デートすることになったのだと言う。
「成田さんの目の前でどうかと思ったんだけど。
でも、成田さんがそこに居るのに、何故か素敵に見えたのよ、そのぼんやりした人が」
と草野は言ってくる。
あの……経理の松田さんはどうなったんですか?
などと思わなくもないのだが。
なんだか幸せそうだから、まあ、いいかと思ってしまった。
ごめんなさい、松田さん。
今度いい人、紹介します、と思う。
そのとき、秘書室から出てきた桜田がやってきた。
今までだったら、一触即発な感じで、草野の方がピリピリしていたのだが、
「あらー、桜田ちゃんおめでとう。
ついに寺坂さんと一泊旅行だってー?」
と桜田の肩に手を回して言っている。
「しゃ、社員旅行ですよ~」
と桜田も前ほど草野が怖くないようで、照れたように言っていた。
結局、すべてが悪循環だったんだな、と思う。
可憐で男の人に好かれそうな桜田が面白くない草野。
そんな草野に怯える桜田。
桜田が自分を怯えたように見ることで、周りに自分が悪役に映ってるなと思い、更に桜田にあたる草野。
だが、今は二人の関係も、ぼちぼち上手く回っているように見えた。
楽しげに桜田をからかう草野を見ながら、あまりは思う。
……人はおのれが幸せだと、人にやさしくなれるものなんですね、どんな人でも。
まあ、今の相手が駄目になったときがちょっと怖いが……。
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