憑代の柩

菱沼あゆ

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終章 帰り道

それぞれの真相5

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 兼平が仲間に連絡し、爆弾は処理され、あづさも連行された。

 要は思ったより軽傷だったので、タフなことに、自分で応急処置をしている。

 ぼんやりそれを眺めていた私の後ろで、真澄が激しくわめき立てていた。

「なんなのこれは!?
 なんの騒ぎなのっ!?

 なんで、御剣がこんなことに巻き込まれなきゃいけないのっ。
 あんたのせいよ、この売女!

 最初に顔を見たときから厭な予感がしてたのよっ。
 人の良さそうな顔をしてっ」

「さすが母親ですね」
と要が呟く。

「貴女には、衛の好みがわかってたんですよね。
 自分とは正反対の女だと。

 だから、最初から馨を警戒していた」

 そこで終わっておけばよかったのに、と同情気味に要は言う。

「なに偉そうに言ってんのよっ。
 あんた人のこと言えるの!?

 この女を殺そうとしたのは、私に命じられたからじゃないでしょうっ。

 私の命令を言い訳にしただけ。
 あんたはこの女を殺したかったから、殺したのよっ」

「別に否定はしません」

 真澄を見下ろし、要はそう言い切った。

「確かに、私はきっかけが欲しかっただけです。
 衛にとられる前に、馨を殺すきっかけを」

 まったく、と要は嗤う。

「あんなに長い間かけて、罠を張って、手に入れたのに。
 首を絞めるとか、生温かったですね。

 どうしても、手加減してしまう。
 でも、毒薬とかも難しかったでしょうね。

 馨の苦しむ姿を見たら、反射的に吐き出させていたでしょう。
 医者の性ですね」

 奏は―― と要は、そこで、ふと気づいたように言った。

「毒薬を手に入れたものの、それで殺した男の死んでなお、苦しむ姿を見て、嫌気がさしたのかも。

 だから、あづさの作った爆弾を利用した。

 それだと、ただ、待つだけでいい。
 その時が来るのを。

 自ら薬を飲み干す勇気が彼女にはもうなかったんでしょうね」

 誰もが卑怯だ、と要は締めくくる。

 卑怯か。

 そうかな? と思いながら私は聞いていた。

 この上なく、人間らしいと私は思う。

 やったことは間違っているかもしれないが。

 この足許でわめき続けている衛の母もまた、同じだ。

 そこで、真澄の腕を捻っていた威が溜息をついた。

「どうして」
と威の出現を不思議に思っていたらしい衛が彼に向かい、訊いていた。

「そこの嬢ちゃんに招待状をもらったんだよ」
と威はポケットから出したそれを振ってみせる。

 夕食の上に載っていた、と。

「親族が出ない式ってのも、可哀想だろ。
 幾ら小憎らしい甥でもな」

「離しなさいよっ、威っ。
 あんた、この売女の味方なのっ?」

 なおも罵り続ける真澄に、威はふっと息を吐き、

「あんた、いつからこんなになっちゃったのかな」
と言った。

「最初、兄さんの見合い相手として、あんたが来たとき。
 この世に、こんな綺麗な女がいるのかと驚いたもんだが」

「あんたのその兄さんが悪いんじゃないの!
 あの日、珍しく早く別荘に着いたと思ったらっ」

 そこまで言いかけて、真澄は、はっと言葉を止めた。

「わかってる。
 八代に聞いた」
と衛は言った。

 さすがの真澄も、息子に対してだけは、下手に出るように窺い見ていた。

「いや、聞かなくても、わかっていたけど」

 そう淋しそうに彼は言った。

「私のせいじゃないわよっ」
と真澄はわめく。

「この女が衛に近づいているとあんたの父親に言ったら、いいじゃないかと言ったのよっ。

 衛くらい好きな女と一緒になってもいいと!

 そうね!
 自分は家のために私と一緒になったからねっ。

 まさか、ずっとそれを根に持ってたとは思わなかったわ!」

 一気に心の内を吐き出した母親に近づき、衛は言う。

「そうムキにならなくてもいいよ。
 僕はね、感動したんだよ。

 貴女はあの人のことなんて、なんとも思ってないんだろうと思っていたのに。
 愛されてないと知って、殺そうとするほどには好きだったんだね」

「別にお父様も貴女を愛してらっしゃらなかったわけじゃないと思いますけど」
と口を挟んだ私を、真澄は条件反射で睨んでくる。

「だって、今でも屋敷の中や病院を貴女を探して、ウロウロしてますよ。

 事の発端は私のことだったんで、一応、謝っておきましたけど」

 あの日、ドアを開けたら、真澄が夫を渓谷に張り出したデッキから突き飛ばしたところだった。

 慌てて、後を追って、飛び込む。

『ちょっと!』
と叫んだ真澄の声が水に落ちる前、聞こえた。

 ちょっと、どうなのだろうな、と思った。

 夫を助けるなという意味だったのか、それとも、無謀にも飛び込んだ私を止めようとしたのか。

 そもそも、あれもどうなんだか。

 本当に、衛に再び近づいた私を止めようと首を絞めてきたのか。

 父親を殺した一件で、口封じをしようとしてきたのか。

 あのとき、要に私にトドメを刺すよう、命じた理由もまた同じだ。

 結局は、衛に対する口封じで。

 もしも、私があのあと、衛と付き合っても、大抵の姑のように許してくれたのか。

 ま、それはないか、と溜息をつく。

 どのみち、この男が居るかぎり、私に衛と歩む道など残されてはいない、と要を見上げると、察したように要もこちらを見た。

「いろいろあったか知らないが、結婚を決断したのはあんただろうに」
と威は言う。

 つまらん話だ、というように、真澄から手を離した。

「私は何も後悔していない。
 愛してもいない妻になじられようと、小莫迦にされようと。

 兄貴を見返すだけの金と権力を手に入れるために、私は頑張ったんだ。
 誰にも恥ずかしいところなどないし、後悔もしない」

 言い切る威を、いっそ、気持ちがいいな、と思いながら眺めていた。



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