66 / 68
終章 帰り道
それぞれの真相4
しおりを挟む「私、貴方のあと、ファミレスでちょっと働いてたのよ」
そんなことをあづさは語り出す。
私は、
「聞きました」
と答えた。
「この間の私と同じように、私と間違えられたみたいですね。
それで、そのまま働いていたと聞きました」
自分が病院で寝ていたはずの期間にも、『私』が働いていたと聞かされ、気づいたのだ。
「働かなくていいだけのお金はあったんだけど。
面白かったわ。
それで、なんとなく、そのまま近くに住んでいたのよ」
あづさはなんだか楽しそうにそう言った。
人を殺し、顔を変えた彼女にとって、久しぶりに訪れた、いや、窮屈だった『佐野あづさ』の時代には訪れたこともなかった日常だったのだろう。
奏は今の彼女の表情を何処からか見ているだろうかと思った。
佐野あづさが告白を続ける中、奏の魂は、この教会に漂い、誰にも姿を見せずに、ひっそりと成り行きを見守っていた。
「じゃあね。
おねえちゃん」
あのとき、姉に手を振ったあと、私は花籠の前に立った。
一度だけリハーサルをやった祭壇の前を思い出す。
衣装合わせも別々にやったから、結局、衛の正装した姿は見れなかったな、とぼんやり思った。
そして、今になって思う。
私は本当にあづさのために、あの男を殺したのだろうか、と。
ただ、自分が死ぬ理由が欲しくて、彼を殺したのではないか。
復讐のために近づいたはずの衛への想いに苦しんで死ぬなんて思いたくなくて。
死んでなお、何度も、部屋を訪ねては殺されにくるあの男。
もうすべて、終わりにしたい。
爆弾の入った花籠を見た。
解除方法は聞いていた。
これは脅しだ。
思いとどまれとあづさは言っている。
あづさは私が衛を殺すのだと思っている。
だから、『佐野あづさ』のまま殺人を犯すなと言っているのだ。
それくらいなら、佐野あづさを綺麗なまま爆死させると。
あの日出逢った少女。
人を殺してきたのだとすぐにわかった。
自分と同じ、何かを恨む目をしていたから。
爆弾に伸ばしかけた手を止める。
八代という探偵に言われ、自分を思いとどまらせに来た姉の足音が遠ざかっていくのを感じたからだ。
衛はもう来てくれただろうか。
美容師たちは席を外している。
今のままなら、馨も衛も巻き込んでしまうだろうか。
爆弾の威力の程は聞いていない。
もう何を考えるのも面倒臭い。
いっそ、このまま――
ただ、何もしないだけで死ねるのなら。
そう思いながらも、今、自分に訪れようとしているその瞬間が怖くもあり、自分を違う世界に――
いつも見えていた世界に連れていこうとしている花籠を視界から消すように、目を閉じた。
だがそのとき、ドアが開く音がした。
「すみせーん。
あの、先程、サイン……」
はっ、と立ち上がった瞬間、鼓膜が震えた気がしたが、それも一瞬のことだった。
『わかったわ。
だからね、おねえちゃんがこれ着て出てって、時間を稼いで。
その間に私、姿を消すから』
私は、そんな奏の言葉を思い出していた――。
「その爆弾で私を殺すつもりだったんですか?
それとも衛を?」
あづさの手にある花を見ながら私は問うた。
「さあね。
なんだかこのまま終わらせたら、奏に悪い気がしたのよ。
変ね。
私にはもう、そんなまともな感情はないと思っていたのに」
何処かで聞いた台詞だ。
要を見る。
彼と居るとき、いつも思っていた。
私にはもう、そんな感情などないのだと。
だけど、私は衛と出逢った。
好きだったのだろうか。
よくわからない。
でも、衛と居ると、わからないまま、要と居る自分を恥じる気持ちが湧いてきた。
花籠を見ながら、私は問うた。
「警察に捕まります?
逃げてもいいですよ」
なにっ? という顔で、麻紀たちが見る。
兼平も来ていることに気づいていた。
かつて、面識のあった彼にはわかっていたのかもしれない。
私が咲田馨であることが。
自然に滲み出す雰囲気というものは、自分では変えられない。
咲田馨を知らない人間なら騙せても、知っている人間に、これは、あづさだと言っても、通用しなかったことだろう。
威がすぐに気づいたように。
「『佐野あづさ』は確かに何もしていない。
ご両親の死は証拠がないし。
あの男は奏が殺した。
爆弾だって、奏は解除できたのにしなかった」
自分の顔をした彼女を見る。
「そうね。
そういう意味では、花屋の店員殺したのは、貴方の妹かもね」
そうだろう。
そして、奏は、私たちも巻き込むとわかっていて、爆弾を止めなかった。
あづさは言う。
「警察に捕まるわ。
したいこと、もう何もないし。
あの子が居なくなって、『私』も居なくなっちゃった」
他人の顔で、彼女はそう笑ってみせた。
2
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

お狐様の言うとおり
マヨちくわ
ミステリー
犯人を取り逃したお巡りさん、大河内翔斗がたどり着いたのは、小さな稲荷神社。そこに住み着く神の遣い"お狐様"は、訳あって神社の外には出られない引きこもり狐だけれど、推理力は抜群!本格的な事件から日常の不思議な出来事まで、お巡りさんがせっせと謎を持ち込んではお狐様が解く、ライトミステリー小説です。
オムニバス形式です。1話あたり10000字前後のものを分割してアップ予定。不定期投稿になります。
ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」
百門一新
ミステリー
雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。
彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!?
日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。
『蒼緋蔵家の番犬』
彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。
※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
若月骨董店若旦那の事件簿~満開の櫻の下に立つ~
七瀬京
ミステリー
梅も終わりに近付いたある日、若月骨董店に一人の客が訪れた。
彼女は香住真理。
東京で一人暮らしをして居た娘が遺したアンティークを引き取って欲しいという。
その中の美しい小箱には、謎の物体があり、若月骨董店の若旦那、春宵は調査をすることに。
その夜、春宵の母校、聖ウルスラ女学館の同級生が春宵を訪ねてくる。
「君の悪いノートを手に入れたんだけど、なんだかわかる……?」
同時期に持ち込まれた二件の品物。
その背後におぞましい物語があることなど、この時、誰も知るものはいなかった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる