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終章 帰り道
それぞれの真相3
しおりを挟む私は憔悴している八代から視線を移し、本物の佐野あづさに呼びかけた。
「あづささん、奏があの男を殺したのは、貴方のためでもあるんですよ」
だが、そう言った私を、佐野あづさは、きょとんとしたように見ていた。
「奏は貴方には、衛を殺すと言っいたのかもしれませんが、本当は自分が死ぬつもりでした。
だから、ついでに、世話になった貴方のために、『佐野あづさ』に付き纏う男を殺しておこうと思ったようです。
あの男、最初は貴方本人だと思って奏に近づき、正体に気づいて、いろいろと脅したようですが。
あれが貴方本人だったとしても、貴方を脅して同じことをするつもりのようだったようです。
貴方がご両親を殺したと疑っていたようなので。
だから、奏は、自分が居なくなったあと、貴方が佐野あづさに戻る気になったとき困らないように、男を殺しておいたようです。
まあ、それだけが理由ではないようですけど」
「なんでそんなことがわかるのよ」
と言う彼女に、
「聞いたんです」
と告げる。
「あんたも見えるの?
便利な能力ね」
と言う彼女は、奏の力も知っているようだった。
「奏は今、何処?」
探るようにこちらを見ながら言う。
「……もう居ません。
少なくとも、私の前には、もう現れることはないと思います」
成仏したわけではないようなので、その辺に居るのかもしれないが。
もう私に姿を見せるつもりはないようだった。
まあ、自業自得だな、と思った。
奏は私のために復讐してくれようとしていたのに。
衛を愛して、私の幻影に苦しみ、思い詰めて死んだ奏の霊の前で、私はまた衛を奪った。
奏はあの毒薬を此処に持ち込んでいた。
前の晩、何度もポーチの中のそれを確認していたようだし。
最後まで、複雑な想いを抱えていたのだろうな、と思いながら、新しい台の置かれた部屋の隅を見る。
そこに立ち、爆弾入りの花と知りながら、見つめていた奏の姿を思い浮かべた。
衛はあづさと話す馨を見ていた。
八代が彼女を助けたことは知っていた。
その後のことは、彼女は心配いらない場所に行ったと告げられただけだったが。
まさか、その八代のところに居たとは。
かつて、馨は、自分は天才だから、一人でやっていけると、叔父たちに心配かけまいと言い放ったというが。
本当に、こいつは何処ででも、やっていける、何処にでも自分の居場所を作れる女だなと思った。
或る日、ファミレスの近くで彼女を見かけ、後をつけた。
同じ顔だったが、あづさではないことはすぐにわかった。
馨は、八代が自分の居場所を教えてると思っていたようだが、そうではない。
八代は決して、それを教えなかった。
恐らく、会わせたくなかったからだ。
馨がファミレスで働いているのを知ってから、ずっと、あの喫茶店から彼女の姿を見ていた。
少ししたら、馨は居なくなったが、今思えば、あれはきっと、潜入調査中か何かだったのだ。
自分は家まで馨をつけたりはしなかった。
ただあのファミレスに現れるときだけ見ていた。
そうしなければ、家まで乗り込んでいってしまいそうだったから。
それにしても、てっきり、一人でひっそりと暮らしているのだろうと、そっと見守っていたのだが。
思っていたより、遥かにタフな女だったようだ。
あの日、教会に着いたとき、もう事件は起きていた。
花嫁も他の者も、すべて病院に運んだあとだった。
どうしようと思った。
奏に復讐されるはずが、何故こんなことに。
馨に対して、申し訳ないと思った。
そんなとき、要が妙なことを言い出した。
顔と記憶を失った花屋の店員をあづさに仕立てて、犯人をおびき出したらどうだろう、と。
要はあづさの正体を知っていた。
整形外科医の目は誤摩化せなかったからだが。
その提案は、馨の妹を死なせてしまい、落ち込んでいるこちらに気を使っているように思えなくもなかったが、何かが違う気もしていた。
返事をしないでいるうちに、要は勝手に整形していたようで、もう見られる状態になったと告げてきた。
顔だけ同じで、人は騙されるものなのだろうか。
少なくとも、自分は奏に騙されはしなかった。
そんなことを考えながら、病室の戸を開けた。
本人は眠っていた。
顔中に包帯が巻かれているし、腕にもまだガーゼが貼ってあった。
だが、どきりとした。
「眠らせてあるんだ」
と非人道的なことを言ったあとで、要は包帯を解いてみせた。
息を呑む。
あづさとは違う。
少し大人になった馨の顔がそこにあった。
ファミレスで見たのと同じ顔だ。
おかしいだろう。
何故、成長させる必要がある。
彼の記憶の中の馨の顔の方をベースにしたとしても。
だいたい。
僕が似てると思ったのは、包帯を解かれた後じゃない。
顔も見えず、そこに寝ているときのままで、馨だと思った。
先生、と呼び出されていく要。
ベッドに腰掛け、その顔を見つめた。
夕陽が彼女の上に落ちていた。
あの日のことが思い起こされる。
彼女を横領のことで脅しておいて、キスだけして、逃げ出した。
気恥ずかしくなる記憶だ――。
そっと馨の細い白い指に己れの指を絡める。
あのときのように。
何もかも忘れてそこに居てくれるのなら、それもいいかもしれない。
手を離し、戻って来た要に言った。
「いいんじゃないか?
この女を利用して、犯人をおびき出そう」
要が窺うようにこちらを見ていた。
彼にもきっと、本当は、わかっていた。
一目見て、自分が彼女が誰なのかわかることを――。
やがて、馨の顔の包帯が解かれた。
開いた窓から風が入り込んで来た。
カーテンが揺れ、何度か瞼を震わせたあと、彼女の瞳がこちらを見る。
側に立つ自分は、思わず、身構えるように腕を組む。
「以上、僕の言っていることが理解できたのなら、見てもいいぞ、お前の顔」
ぞんざいな口調で言うと、彼女は、
「自分の顔見るのに、許可がいるって、なんかおかしくないですかね?」
と横柄な口調で言って来た。
この自分の置かれた立場がわかってない感じ。
敬語で話してくることが違和感があるが、それを補ってあまりあるほど、本人の口調だった。
丁寧で明るいが、何処か人を喰ったような。
包帯を外した彼女は要ではなくこちらを見つめている。
思わず、身を引きそうになる。
「なんだ?」
とつい、今で以上に高圧的な声で訊いてしまっていた。
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