憑代の柩

菱沼あゆ

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終章 帰り道

それぞれの真相2

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 俺のせいだ、そう呟いた自分を、馨は、先生、と呼び、見上げてきた。

 衛は、自分の母親が馨に何かするのではないかと疑っていた。

 だから、仕事絡みの依頼のついでに、彼女の様子も見て欲しいと頼まれていた。

 あの日、あの川縁で馨を助け、いつも物陰から見ているだけだった馨と、初めて口をきいた。

『貴方、衛が雇ってた探偵ね。

 お願い。
 彼には連絡しないで』

 そして、彼女は、名刺を頼りに自分の事務所を訪ねてきた。
 
 行方不明になった妹の居場所を知りたいが、調査費用がないと彼女は言った。

 自分が彼女に深く関わるのは問題があるかもしれないと思い、少し教えてやるから、自分で調べろと言うと、馨はちょっと考え、

『そうですか。
 じゃあ、先生、私を雇ってください』
と言ってきた。

 さっきまで、上から物を言っていたのに、あっさりその態度を変えて。

 やはり女は恐ろしいと思った。
 
 いや、この女が、恐ろしい類いの女なだけなのか。

 そう思いながらも、逆らえない何かを感じていたのは、あのとき、既に心を奪われていたからか。

 水の中から助け上げた彼女の細い背中。

 濡れた服のせいで、そこに直に手が触れているように感じた。

 その感触が、ずっとこの両手に残っていた。

 
 すべてを教えるか。

 すべてを教えないか。

 どちらかにすべきだった。

 自分は、奏が衛に復讐しようと、近づいていることを教えた。

 だが、彼女が人を殺していることは教えなかった。

 すべてを話していたなら、馨はもっと違う方法をとっていたことだろう。

 それなのに、己れの心に、やましさがあったせいで、自分は半端に口をつぐんでしまった。
 

 

 痛む腹を押さえた要は、馨を見下ろす八代を見上げていた。

 この女は本当に鈍いな、と思う。

 自分の下心にも、衛の下心にも、この男のにも気づかない。

 結局、それ故の警戒心のなさが、すべての元凶なんじゃないかとかつての恋人――

 というか、無理やり恋人にしていた女を心の中で罵った。

 あのとき、衛より早くに教会に着いていた自分は、外で爆音を聞き、中に踏み込んだ。

 崩壊したコンクリートから上がる粉塵に咳き込み、目をしばたたく。

 半壊した教会。

 夕陽の射し込む廊下に、ウェディングドレスの女が倒れていた。

 それが誰なのか、すぐにわかった。

 破片を避けながら、側に膝をつき、煤で汚れた丸い頬に触れてみる。

「……う」

 苦しそうに馨は呻いた。

 何処か怪我しているのだろうが、たいしたことはなさそうだった。

 消防車と救急車のサイレンが近づいてきた。

 一瞬、迷い、馨を抱き上げる。

 彼女は苦痛に顔をしかめていた。

 すぐに消防士と救急隊員がやってくる。

「御剣の医師です。
 軽傷者は私が運びます。

 うちの病棟は空き室があるので、他の方もそちらに」

「はいっ」

 受け入れ先を探さなくていいことに、彼らは安堵したようだった。

 生きているだろうとは思っていたが。

 何故、此処に。

 何故――

 衛の側に。

 そう思ったとき、薄く目を開けた馨が、

「……誰?」
と言った。

 その目ははっきりこちらを見ていた。

「此処は――

 なんだかわかんないけど、身体が痛い」

 そのまま、また苦しげに目を閉じてしまう。

 まさか……記憶がない?
 彼らは近くで、うめき声を上げている美容師たちを介抱していた。

 馨を抱いたまま、控え室を覗く。

 ひどい惨状だった。

 入り口付近に花屋の店員ような格好をした女が倒れていた。

 もう息はしていないようだった。

 そして、その奥。

 かろうじて残っている台と、バラバラに飛び散って燃えた花籠の残骸。

 そして、見るも無惨な女の遺体があった。

 その衣服には見覚えがあった。

 あまり多くの服を持たない佐野あづさ――

 秋川奏のものだった。

 そのとき思いついた。

 今、馨を目撃した彼らと、衛を誤摩化す方法を。

 咲田馨をもう二度と衛の前には現れさせない。

 あの日――

 屋敷の一角で、衛が馨に口づけているのを見た。

 恐らく、それ以上何もなかったのだろうが。

 自然に下ろしている指先が絡んでいることと、馨の衛を見上げる目が、ずっと気になっていた。

 彼女は自分をそんな風に見たことはなかったから。

 でも、彼女はきっと気づかないだろうと思っていた。

 誰かが指摘しない限り、自分の気持ちに。

 そして、衛もまた――。

 衛の母親が馨を異常に警戒していたのは、母の突出した息子への執着ゆえのことではない。

 わかっていたのだ、彼女は母親の勘で。

 衛が脅しておいて逃げたあと、そっと唇に手をやる馨を彼女は見ていたから。



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