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終章 帰り道
その人物
しおりを挟む爆発音とともに、天高く火の粉と煙が舞い上がった。
離れた場所から私はそれを見ていた。
軽く震える。
これで自由になれたはずなのに。
より一層、自分に絡み付いてくるもの狂おしいもの。
「……誰?」
ふいにした声に、こちらがビクつく。
木々の間から、こちらを見ているもの。
ただ姿を見られただけなのに。
何故だろう。
その人物にはすべてを知られた気がした――。
「……あづさ?」
と衛が口の中で繰り返す。
廊下に、深く帽子を被った花屋風の女が花籠を手に現れた。
その後ろに慌てて現れたのは、ファミレスの前で、彼女を張れと言われていた流行だ。
まだ何事も起こっていないことに、ほっとしたようだった。
要を床に下ろした私は立ち上がり言う。
「そう。
彼女は、佐野あづささんです。
君の婚約者の佐野あづささんじゃなくて、本物の佐野あづささんよ、衛くん」
「くんはやめてください」
と言い、顔を赤らめた衛を、物珍しげに亜衣と麻紀が見ていた。
しかし、衛は昨日も私に敬語を使いかけていた。
キャップの女は黙して語らない。
麻紀の側に居た本田がこちらを窺うように見て訊いてきた。
「やっぱり記憶は戻ってたんですね」
「戻ってたっていうか。
戻したっていうか。
本田さんのお陰ですよ。
貴方とカラオケに行ったり、おばあさまにお会いしたりしたから。
顔は同じでも、声が違うと、通用しない場所があると気づいたんです。
普段は顔で誤摩化せても、そうでないシーンもある。
姉妹や母娘って、顔は似てなくても、不思議と声だけはよく似るものなんですよね」
「ああ……」
と亜衣がなんとも言えない声を出した。
「別人だって聞いてはいたけど。
顔が同じだから、声が同じでも、なんとも思わなかったわ」
と。
本田はわかっていても、黙っていたのだ。
恐らく、早くに気づいていたのだろうに。
あづさの一番近くに居たのだろうからこそ。
「なによ」
と麻紀が口を開いた。
「私が一番莫迦みたいじゃない。
みんなわかってたんでしょう?
本田も、要も、衛も!」
私は彼女に向かい、微笑みかける。
「貴方が一番親身になってくれてたから。
だから一生懸命過ぎて、気づかなかったんですよ」
それらの話をあづさは小首を傾げるように聞いていた。
こちらのやり取りが理解できないようだった。
事実が、ではなく、感情的に。
八代の彼女に関しての調査結果を見たとき、頭が良過ぎるが故に、常人と感情の向かう先が違うような感じを受けていた。
そのとき、事態に付いていけずに、じっとしていた女が叫び出した。
「要っ!
殺しなさいって言ったじゃないの、この女っ!
あんたを裏切った女なのよっ。
なんであんたが刺されるのよっ」
今にも掴みかからんばかりだったが、威が腕をねじ上げてくれていたので、事なきを得た。
「人もですが。
霊も騙せなかったようですね」
と私は呟く。
霊体だった真澄は誤摩化せず、彼女はまた私が衛に近づいたことに気がついた。
だから、夜な夜な、私を絞め殺そうと化けて出てきていたのだ。
「我が親ながら。
血塗れの人間を前に言いたいことはそれだけですか」
衛が呆れたように言うが、一度死んでも私の性格がいまいち変わらなかったように、衛の母もまた変わらなかったようだ。
「横領した金は、もう衛が清算してくれましたから」
だから、貴女に脅される理由はない、と要は脇腹を押さえたまま言う。
「そう。
それで、その分、私に今回のお駄賃としてくれたことにしてくれるみたいです。
だから、一応、私が言うのもなんですが、貸し借りなしってことで。
五億四千万」
「三千万だ」
と要が言う。
私は、そこで、ひとつ息を吸い、戸口を見た。
おい、と衛が止めようとする。
「来てください。
佐野あづささん。
妹に手を貸してくださって、ありがとうございます。
でも、もう此処で終わりにしてください」
「脅すだけと聞いていたのにね」
と言いながら、あづさは帽子を取った。
何故だろうな、と思う。
恐らく、同じ整形外科医の仕事だと思うのに、あづさの方が妹の奏より、私に似ている。
きっと、瞳の奥に垣間見える、人として何か欠落した感じか似ているからだ。
鏡のように彼女を見ながら、要に訊いた。
「……あんたの仕事じゃないわよね」
「俺ならもっとそっくりに出来るぞ」
ややこしくなるからやめてくれ、と思った。
この顔が幾つもあることに、不快そうに衛の母は眉をひそめている。
「あの綺麗な顔、変えちゃったんですね、もったいない」
「仕方ないじゃない。
貴方の妹の学力じゃ、あの大学通りそうにもなかったから」
「替え玉受験のために、わざわざ整形したんですか?」
「あの子の復讐に手を貸してやる約束をしたからよ。
私も少し顔を変えていたかったし。
御剣衛を脅すだけと聞いていたから、それも面白いかと思っていたんだけど。
あの子、本当に人、殺しちゃうし。
御剣衛も殺して終わりにするとか言い出すし。
せっかく、綺麗なあの子に私の顔も名前もあげようかと思っていたのに」
「綺麗な?」
「そう。
誰も殺してない、綺麗な『佐野あづさ』になってもらうために」
と彼女は笑う。
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