憑代の柩

菱沼あゆ

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終章 帰り道

まだ何も終わってはいません

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 ドアを開け、中の惨状を見た水沢亜衣は叫んでいた。

「馨っ!」

 血の滴る床。

 だが、そこに倒れていたのは、男だった。

 こちらに背を向けているが、何処か刺されているらしく、身体の下に小さな血だまりが出来ていた。

 その側では、着物を着た年配の女が巨体の男に押さえ込まれている。

 昨日、咲田馨と名乗った女はウェディングドレスを血に染めて、男を抱き起こそうとし、払われていた。

「動かすなっ。
 俺を殺す気かっ」

 お前、わざとだろうっ、と罵る男は、出血多量を心配しているようだった。

「ナイフを抜いたら、さすがに故意かなとは思いますね」
という声が背後でし、長身の男が倒れている男の側に行った。

 馨はこちらを見、

「水沢さん。
 まだ早いですよ。

 後で呼ぼうと思ってたんです」
と呑気なことを言って笑い、血塗れの男に睨まれ、長身の男に呆れられている。

「大丈夫。
 この程度じゃ、私の経験上、死なないです」

「お前が医者かっ」
と倒れている男が突っ込む。

 なるほど、確かに大丈夫そうだ。

 そこで、亜衣は背後にまた、人の気配があることに気づいた。

 振り返ると、まだ私服のままの御剣衛がそこに居た。

 こんな間近で見るのは初めてだったが、さすがにときめくような状況ではない。

 太った男に押さえ込まれた着物姿の女を見、

「……母さん」
と呟いている。

 そういえば、やつれてはいるが、細面のその顔は、御剣衛によく似ていた。
 


 私―― 咲田馨は要を膝に寝かせ、横でわめいている女を見た。

「離してよ、たけるっ。
 なんなのよ、あんたっ。

 一族の裏切り者のくせにっ。

 金目当てにあっちこっちへほいほいほい」
と自分を押さえ込んでいる巨体の眉墨威を怒鳴りつけている。

「……目を覚ましたばかりにしては、元気だな」
と威は呆れていた。

 要が少し上体を起こして言う。

「たぶん。
 早くに目覚めていたんですよ。

 我々の目を欺くために、じっとしてたんです」

「その女が来たからよ。
 あのムカつく声で、私を呼ぶからよっ」
と衛の母、真澄は私を指差す。



『こんにちは。
 私の声が聞こえますか?

 いつまで、存在を消されたままでいらっしゃるつもりですか。

 もうすぐ、貴方の愛する衛さんの結婚式ですよ』
 


「お目覚めになられてよかったです。

 あまり長く身体を離れていらっしゃると、ほんとに帰れなくなりますよ」

 私は彼女に向かい、微笑みかけたあとで、亜衣を向いて言った。

「水沢さん。
 まだ何も終わってはいません。

 外に出ててください。

 安全になったら呼びますから」

 亜衣は辺りを見回して言う。

「そうよ。
 今、あんたそっくりな女が花籠持って中に入って行ったのよ。

 それで、私……」

「そうですか。

 やっと出て来てくださったんですね。

 ――佐野あづささん」

 誰も居ない廊下に向かい、そう言ったとき、八代と目が合った。

「……お前が、さて、と言い出しそうだな」
と言う。

 はは、と笑い、私は言った。

「すみません、先生。
 いいとこ取っちゃって」
 


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