憑代の柩

菱沼あゆ

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探偵II

来訪者

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『そう。
 今は他所に養女に入ってらっしゃるの?

 いいんじゃないの?

 あの売女の妹だと世間に知られなくて』

 ホールに響く甲高い笑い声。

 客に向かって、階段の途中から、決して降りずに上から見下してしゃべる。

 衛がやらなれば、自分がやっていた――。

 あの女を階段から引き摺り下ろし、自分がやっていた。
 
 

 要は衛の屋敷の自室に居た。

 椅子で仰向けになり、古臭い本の匂いを嗅ぎながら、眠っていた。

 顔の上にあったそれがふっと除けられる。

 楽になったのに、目が覚めるというのも不思議な話だ。

 女が笑顔で自分を見下ろしている。

「またそんな寝方してると、首を痛めるわよ」

「……馨」
と呼びかけた。

 衛は今、居ないなはずだ。

 どうやって入って来たのかと思ったが、彼女の背後に福田が控えていた。

 なるほど……、と呟く。

「この本、まだあったんだ」
と彼女はページを捲りながら笑う。

「これからどうするんだ?」

 そう訊くと、彼女はちょっと笑って、背後から首に手を回してきた。

 そのまま絞める気かと思ったが、頭を寄せてくる。

 これで最後な気がした。

 俺を恨んでいるかと訊こうかと思ったがやめた。

 まあ、恨んでいるだろう、と思ったからだ。

「俺は病院を辞める。
 お前は衛のところに戻るといい」

「本気で言ってる?」
と言われ、……いいや、と言うと、笑っていた。

「私は衛とは行かないわ。
 さよなら、要」

 頭の上から身を乗り出し、口づけてくる。

 彼女の方からしてきたのは初めてのような気がした。

 目を開ける前に、彼女は出て行き、福田の姿も無くなっていた。

 すべて夢だった気がするが、ドアは開いたままだった。
 
 

 抵抗するつもりはなかった。

 いっそ、殺された方が楽なような気がしていたから。

 でも、苦しさから、つい、その大きな手に爪を立てる。

 何度も自分に触れてきたその手に。

 要は途中で手を離した。

 自分は草むらに倒れ、遠ざかる足音を聞いていた。

 意識はまだあったし、要にもそれはわかっていたと思う。

 だが、彼は私を置いて、立ち去った――。
 



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