憑代の柩

菱沼あゆ

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探偵II

壊れた教会

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 半壊したままの教会に、夕暮れの陽が射し込んでいた。

 いっそ、このままの方が奇麗だな、と思いながら、崩れたコンクリートから外を見る。

 かなり夜の色が濃くなった空に棚引く雲。

 式場の方は直したようだが、控え室の一部と廊下はまだだった。

 壊れた天井を見上げる衛の瞳は、微かに残る夕陽の色を透かしていた。

 人の容姿になど興味はないと思っていたが、こうして二人で居るときの彼は好きだ。

 なんでだろうな、と思いながら、瓦礫の向こうに沈み行く光を見、笑ってみせた。

「あづさが夕暮れの式を選んだのは、明るい日の光の下での結婚が自分に相応しくないと思っていたからじゃないかと本田さんは言っていました。

 どうなんでしょうね。

 今、こうして見ると、ただ、綺麗だな、とだけ思うんですが」

「それで?」
「はい?」

「お前は、此処に、何しに来たんだ?」

 私は腰を屈め、ちらっとドレッサーや側のローボードの辺りをごそごそやり始める。

 この周辺は爆弾から遠かったらしく、かなり原型を留めている。

「この辺り、警察も調べたんですよね? 結構物が残ってますけど」

「まあ、ざっくりと調べたんじゃないか?」

「貴方が、あまり警察に介入させたくなかったようですからねえ」

 花嫁が使うのに相応しい可愛らしい瓶に入ったコットンや何かはそのまま残されている。

 私はそれらの蓋を開けてみながら言った。

「あづさは人を殺していましたが、あの時点で、貴方はそれを知らなかった。

 なのに、何故ですか?」

 背後の衛は答えなかった。

「あづさが何かしたんじゃないかと疑っていたからですよね。

 確かに彼女は何かを企んでいました。

 ただし、それは爆破事件じゃない。

 彼女は他人を巻き込んでまで、何かを成し遂げようとする人間じゃない。

 あづさの人となりはわからないと言っていましたが、まあ、そのくらいはわかっていたんじゃないですか?」

 私は鏡台の後ろから見つけたものを手に、立ち上がる。

 あのポーチだった。

 落ちていたのか、とっさに佐野あづさ―― 秋川奏が隠したものなのか。

「警察は爆破事件だと思ってますからね。

 こういったものを細かくはチェックしなかったんでしょう」
と中にあったプラスチックの小瓶を指で挟み、示してみせる。

「化粧水のサンプルの瓶です。

 まあ、爆破事件ですし。

 爆弾の残骸は残っていたようですからね。

 全然違う場所にあったこんなものを警察はわざわざ調べてなどみなかったんでしょう。

 これが、奏があの部屋の風呂場から見つけた、前の住人が服毒自殺に使った薬の残りだと思います」

 薬、と衛は口の中で繰り返す。

「貴方はこの薬の存在を知っていましたか?」

 衛は目を伏せ、

「或いは、と思っていた。

 式が近づくにつれ、彼女の目は思い詰めていった。

 何かする気だと思った」
と言う。

「もしかして、貴方は彼女が自分を殺すと思ってたんですか?

 復讐の仕上げに」

 違いますよ、と私は寂しく笑う。

「彼女は自分が死ぬつもりだったんです」

 衛は、はっとしたように顔を上げる。

 掠れた声で訊いてきた。

「男を殺したからか?」

「本当にしょうがない人ですね」
と優しく悟らせるよう言った。

「貴方が好きだからですよ」

 衛は唇を噛み締める。

 彼自身、思うところはあったのかもしれない。

 だが、その疑いを否定し続けていた。

 一歩近づく。

「男を殺したことも後押ししてるとは思いますけどね。

 まあ、どちらかと言えば、死ぬつもりだったから、男を殺しておこうと思ったのでは」

「殺しておこう?

 なんでだ?

 あづさに関係のある男が近づいて来たとしても、死ぬつもりなら、避け続けていれば済むことだろう」

「それに関しては、もう少ししたら、わかると思いますね」

 衛は窺うようにこちらを見ている。

「貴方は本当に莫迦な人です。

 貴方は、自分のせいで消えた咲田馨の妹のために、おとなしく殺されるつもりだったんですか?」

 衛の口が震えるように動いた。

 馨の名を呼ぶ。

 そのとき、誰かがこちらを見ている気配を感じた。

 奏ではないような気がして、振り向く。

 だが、薄く開いた扉の陰には誰も居なかった。

 ただ、夕陽に照らされたコンクリートの匂いだけがしていた。




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