憑代の柩

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
56 / 68
探偵II

壊れた教会

しおりを挟む
 
 半壊したままの教会に、夕暮れの陽が射し込んでいた。

 いっそ、このままの方が奇麗だな、と思いながら、崩れたコンクリートから外を見る。

 かなり夜の色が濃くなった空に棚引く雲。

 式場の方は直したようだが、控え室の一部と廊下はまだだった。

 壊れた天井を見上げる衛の瞳は、微かに残る夕陽の色を透かしていた。

 人の容姿になど興味はないと思っていたが、こうして二人で居るときの彼は好きだ。

 なんでだろうな、と思いながら、瓦礫の向こうに沈み行く光を見、笑ってみせた。

「あづさが夕暮れの式を選んだのは、明るい日の光の下での結婚が自分に相応しくないと思っていたからじゃないかと本田さんは言っていました。

 どうなんでしょうね。

 今、こうして見ると、ただ、綺麗だな、とだけ思うんですが」

「それで?」
「はい?」

「お前は、此処に、何しに来たんだ?」

 私は腰を屈め、ちらっとドレッサーや側のローボードの辺りをごそごそやり始める。

 この周辺は爆弾から遠かったらしく、かなり原型を留めている。

「この辺り、警察も調べたんですよね? 結構物が残ってますけど」

「まあ、ざっくりと調べたんじゃないか?」

「貴方が、あまり警察に介入させたくなかったようですからねえ」

 花嫁が使うのに相応しい可愛らしい瓶に入ったコットンや何かはそのまま残されている。

 私はそれらの蓋を開けてみながら言った。

「あづさは人を殺していましたが、あの時点で、貴方はそれを知らなかった。

 なのに、何故ですか?」

 背後の衛は答えなかった。

「あづさが何かしたんじゃないかと疑っていたからですよね。

 確かに彼女は何かを企んでいました。

 ただし、それは爆破事件じゃない。

 彼女は他人を巻き込んでまで、何かを成し遂げようとする人間じゃない。

 あづさの人となりはわからないと言っていましたが、まあ、そのくらいはわかっていたんじゃないですか?」

 私は鏡台の後ろから見つけたものを手に、立ち上がる。

 あのポーチだった。

 落ちていたのか、とっさに佐野あづさ―― 秋川奏が隠したものなのか。

「警察は爆破事件だと思ってますからね。

 こういったものを細かくはチェックしなかったんでしょう」
と中にあったプラスチックの小瓶を指で挟み、示してみせる。

「化粧水のサンプルの瓶です。

 まあ、爆破事件ですし。

 爆弾の残骸は残っていたようですからね。

 全然違う場所にあったこんなものを警察はわざわざ調べてなどみなかったんでしょう。

 これが、奏があの部屋の風呂場から見つけた、前の住人が服毒自殺に使った薬の残りだと思います」

 薬、と衛は口の中で繰り返す。

「貴方はこの薬の存在を知っていましたか?」

 衛は目を伏せ、

「或いは、と思っていた。

 式が近づくにつれ、彼女の目は思い詰めていった。

 何かする気だと思った」
と言う。

「もしかして、貴方は彼女が自分を殺すと思ってたんですか?

 復讐の仕上げに」

 違いますよ、と私は寂しく笑う。

「彼女は自分が死ぬつもりだったんです」

 衛は、はっとしたように顔を上げる。

 掠れた声で訊いてきた。

「男を殺したからか?」

「本当にしょうがない人ですね」
と優しく悟らせるよう言った。

「貴方が好きだからですよ」

 衛は唇を噛み締める。

 彼自身、思うところはあったのかもしれない。

 だが、その疑いを否定し続けていた。

 一歩近づく。

「男を殺したことも後押ししてるとは思いますけどね。

 まあ、どちらかと言えば、死ぬつもりだったから、男を殺しておこうと思ったのでは」

「殺しておこう?

 なんでだ?

 あづさに関係のある男が近づいて来たとしても、死ぬつもりなら、避け続けていれば済むことだろう」

「それに関しては、もう少ししたら、わかると思いますね」

 衛は窺うようにこちらを見ている。

「貴方は本当に莫迦な人です。

 貴方は、自分のせいで消えた咲田馨の妹のために、おとなしく殺されるつもりだったんですか?」

 衛の口が震えるように動いた。

 馨の名を呼ぶ。

 そのとき、誰かがこちらを見ている気配を感じた。

 奏ではないような気がして、振り向く。

 だが、薄く開いた扉の陰には誰も居なかった。

 ただ、夕陽に照らされたコンクリートの匂いだけがしていた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...