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霊安室の遺体
警察の調査
しおりを挟む流行は、アパートの廊下を並んで要と歩いていた。
あのう、とようやく声を出してみたが、要はどう見ても不機嫌だ。
自分が彼女の部屋に潜んでいたからだろうか。
咲田馨と同じ顔の彼女の部屋に男が居たのが気に入らないとか?
と思って窺っていたが、あまりこちらの存在自体、視界に入っていないようだった。
何に対して憤っているのだろうかな、と思う。
しばらくして要が口を開いた。
「死体の入っていた押し入れに居るのと、病院で患者のふりしてるのとどっちがいい」
いや、そりゃまあ、と頭を掻く。
階段を下りたあとで、要は周囲を見回した。
「今まで、『佐野あづさ』を襲撃してくる様子はない。
様子を見ているのか、それとも、あれが本物でないと気づいているのか」
「一体、誰が何故、彼女を殺したんでしょうかね?」
「動機のある人間は居るようで居ないな。
誰も殺さなきゃいけない程追いつめられてはいない」
「あのう。
本当に馨さんを殺されたんですか?」
そう丁寧に訊いてみたが、要は無言だった。
やがて、
「おい、無能な探偵。
運転はできるか」
と訊いてきた。
「ぼちぼちです」
じゃあ、いい、と要は自分で運転席に乗った。
出しかけていた携帯をしまう。
運転を任せられるのなら、その間に何処かに連絡しようとしたようだった。
だが、彼が車を出す前に、誰かが助手席の窓を叩いた。
要はこちら側の窓を開け、自分は少し身を乗り出して、外に居る人物を見上げた。
「どうした、無能な警察」
と言う。
「そうそう。
これは無能な探偵だ」
と余計な紹介までしてくれた。
別の事件で見たことがある、兼平という刑事だった。
まだ若いが仕事熱心で、感じもいい。
「事件は、花屋の店員の仕業ってことでしめるようだな」
「衛的にもその方がいいんじゃないですか。
いろいろと探られたくないこともあるようですし」
と兼平は言ってくる。
「ふん。
例えば?」
「俺は、佐野あづさが整形していたことが気になって。
あづさの過去を調べていたんです」
「余計なことをするなと言われたろう」
警察はあまりこの件には関わらずに穏便に済ませたいようだった。
「あづさが御剣衛に近づきたいあまりに整形したと警察では解釈されていますが。
俺はなんだか気になって。
佐野あづさの両親が焼死した事件を調べてみたんです。
彼女は、随分と追い詰められていたようですね。
大学教授の両親を持って、常に優秀な成績を残すことを強いられていた。
両親の死後、親族が遺産を掠め取ろうとされたこともあって、あづさは、親族と付き合いを断ったということになっていますが。
もしかしたら、それが原因ではないのではないかと」
「どういう意味だ」
「別荘に放火したのは、彼女ではないかという意味です。
あづさは、自分一人が、一階に水を飲みに下りていて助かったと言っていますが、二階にも洗面所があったようなんですよ」
「単に洗面所で水を飲むのが厭だったんじゃないか?
何処の水でも同じだと思うが、女は特に、そういううるさいことを言うからな」
「そのときも、そう解釈されたようですが。
そのあと、あづさは通信制の高校に変わって、環境を一変させてるんですよ」
「何が言いたい」
「あづさは自分の両親を殺した。
そして、その後、自殺したのでは。
そのことを知った誰かが、佐野あづさと入れ替わった」
「なんのために」
「新しい戸籍を手に入れるためですかね。
例えば――
復讐をするために。
咲田馨には、他所で暮らす妹が居たんですよね」
要は溜息をついた。
「壮大な妄想だな」
「佐野あづさに会わせてください、もう一度」
事件の被害者なのに、御剣のガードは堅く、警察といえども、簡単には会えないようだった。
いや、警察だから、余計にか。
自分は簡単に接触できたのだから。
特に影響力もなさそうだからかな、と淋しく笑う。
「なんのために?
その両親殺しでか。
お前の説によると、今居るあづさと、そのときのあづさは別人なんだろう?
あづさが人を殺していても、今居る彼女には関係ない」
「自殺ではなく、あづさを殺して入れ替わったのかもしれないじゃないですか」
「本気でそんなことを思っているのか」
いえ、と兼平は言った。
「だろうな」
と言い、車を出そうとする。
「要さんっ」
とまだ開いている窓から、ドアを掴もうとする。
「引っ付くな。
殺人犯になるのはごめんだ」
「貴方は馨さんを殺してないんですよね?」
「デカイ声で、ロクでもないことをわめくな」
「結婚式、警察にガードさせてください」
「駄目だ。
それじゃ、犯人が出て来ないかもしれない」
「花嫁がどうなってもいいんですかっ」
「こちらで警備は手配する。
お前みたいに、目立って、声がデカいのじゃないのをな。
見ろ、この探偵を。
まったく目立たない」
それはいいことなのだろうか、と思いながら聞いていた。
要は彼を振り返り嗤って言う。
「あの花嫁は死なないよ。
何度でも蘇るゾンビみたいな女だからな」
「要さんっ」
と呼び止める声を振り切り、要は強引に車を出した。
慌てて兼平は手を離す。
遠ざかる彼の姿を振り返りながら言った。
「いいんですか」
「いいんだ」
と言いながら、要は何事か考えているようだった。
今の話の中に、彼も知らなかった新事実があったたのかもれしないと思った。
「……佐野あづさは両親を殺していた、か」
そう呟いたが、それ以上語るつもりはないようだった。
「あの人、咲田馨さんをご存知だったんですか?」
「衛の数少ない友人の一人だからな。
衛が馨を好きなのも知っていただろう」
「あの……馨さんと衛さんの間に、何かあったっていうのは本当なんでしょうか」
「見たからな」
「え――」
「衛が馨にキスしているのは見たことがある。
それが馨の意志だったかは知らないが。
ま、あの様子じゃ、あのときはそれ以上は何もなかったんじゃないか?」
「でも……馨さんは貴方の婚約者だったんですよね」
「俺が馨のために、病院の金を横領して、秋川に融資してたからな」
「え。
それでってわけじゃ」
と言うと、
「それでってわけだ」
と言いながら、ハンドルを切る。
「馨は俺のことは友人だとしか思ってなかった。
でも、あの日――
俺に妹の話をして泣いて。
俺はいいタイミングだと思った。
待っていたんだ。
切り出すときを。
俺はもうすべてを知っていて、秋川に金を渡していた」
あくどい……。
が、なんだか憎めなかった。
馨に対する強い想いが伝わってくるせいか。
そこまでしても、結局、弟のように思っていた衛に、恋人を取られたせいか。
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