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霊安室の遺体
患者
しおりを挟む野菜をアパートに置きに行ったあと、私は要の病院へと向かった。
自分が居た病棟の入り口から、堂々と入って行った。
「どうもー」
と笑顔で会釈しながら、受付を通ると、顔見知りの受付嬢は、どうもーと通してくれたから。
「……大丈夫か、この病院」
御剣の一族が秘密裏に入院する病棟だと聞いていたのに。
まあ、御剣衛の婚約者の顔をしているのだから、当然といえば、当然か。
スタッフは私を本物の佐野あづさだと思っているのだから。
そう。
きっと、全員が。
一階ずつ調べようと思ったので、階段を上がっていると、上の階に、具合の悪そうな中年の男が居た。
太り気味の身体を手すりに寄りかからせている。
「大丈夫ですか?」
と声をかけると、男はびくついたように振り返ったあとで、
「おっ!」
と声を上げかけたので、慌てて側に行き、その足を踏んだ。
「おーっ!」
余計叫ぶその口を手で塞ぐ。
「静かにしてくださいっ」
男は律儀にも私より抑えた声で言った。
「お前が踏んだんだろっ」
昔は男前だったのかなと思う、少々残念な顔だった。
「なんだ、お前か」
と言った男に、
「すみません。
記憶がないんです」
と言うと、そうか、めんどくさい奴だな、と言われる。
記憶がないをめんどくさいで済まされたのは、さすがに初めてだ。
「眉墨だ。
衛の叔父の」
「どうも、こんにちは。
どっか具合が悪いんですか?」
「悪いから入院してるんだろうが」
何処までも減らず口な男だ。
「そうでなくてですね。
今、現在、調子が悪そうだなと思って。
肩貸しましょうか?」
何かコソコソしているように見える眉墨にそう言うと、機嫌は悪いものの、厭だとは言わなかった。
よいしょとその巨体の腕を自分の肩に回す。
「おもっ」
ともらすと、
「いちいちやかましい小娘だ」
と言われた。
「やかましいのは叔父さんですよ」
「私はお前の叔父さんじゃない」
「叔父さんじゃなくてもオジさんでしょう? じゃあ、眉墨さん」
「眉墨という名は好きじゃないんだ。
妻の名字だからな」
「養子さんなんですか?」
「……なんか文句あるのか」
「ありませんよ。
懐の深い人だなあと。
御剣に産まれたのに、わざわざ養子ですか?」
「金目当てだ」
ストレートな人間は嫌いではない。
「糖尿ですか?
隠れて甘いものでも食べてたんでしょう?
今、貴方を抱えたとき、いい匂いがしましたよ」
食べ過ぎて、具合が悪くなったか、腹が痛くなったのだろう。
恐らく食事制限のために入院しているのだろうに。
要に怒られるのが怖いに違いないと思った。
「何をニタニタ嗤っている。
不気味な女め」
「人に担がれといて、よくそれだけ悪口雑言吐けますねえ。
そういうとこは衛さんと似てますかね」
「何を、あの鬼子が誰に似てるものか。
小さいときから落ち着き払っていて可愛くもない」
「そうですか?
私は可愛らしいと思いますけどね」
と言うと、眉墨は黙ってこちらを見ている。
「眉墨さん―― は、厭なんでしたね」
眉墨は少し迷って、
「威だ」
と言った。
「じゃ、威さんでよろしいですか?
なんだか一気に親しくなった気がしてしまいますが」
「お前のそのとり澄ました、よろしいですかってのを聞いたら、あの、よろしかったでしょうかとかいう訳のわからん言葉を思い出すな」
「あ~、なんか、そういうところで、バイトしたことがある気がしますね。
こちらで、よろしかったでしょうか~」
と空いている方の手を広げて見せると、威は呆れたようだった。
「なんて緊張感のない女だ。
それにしても、ほんとに生きていたとはな」
よく助かったな、と横目に見られる。
「いや、結構大変だったんですよ。
記憶も飛んでますし」
「そうか。
まあいい。
わしは事件になど興味はない。
こちらの株にまで影響が出なければ、どうでもいい。
親族の誰がお前を殺そうとした犯人でも表沙汰にはするなよ、お嬢ちゃん」
眉墨は自分の病室まで来たのか、勝手に手を離すと、よろよろと戸を開け、入って行った。
「ベッドまで送りますよ」
「いい。
要がそろそろ巡回に来る」
それはヤバイ、と振り向いた。
「あの、此処には、眉墨さんと誰が入院してますか?」
「さてな。
何人か居るが、興味ないな。
例の爆破事件のあとは結構運び込まれたようだが」
「結構?
事件に関係あった人間、全部、こっちの病棟にってことですか?」
「何かあったら、御剣の不祥事にもなりかねないからな。
『佐野あづさ』以外は、すべてただの巻き添えだろう?」
と厭味ににやりと嗤う。
どうやら、腹の調子は治まって来たようだ。
厭味に余裕が出てきた。
「……そうですね」
要の動向を気にして、廊下を見ながら言う。
奴が来たらまずいのは、威も自分も同じだ。
自分など受付を堂々と通って来ているし。
どさくさ紛れに続く厭味に、
「あっ、要先生っ」
と指差すと、眉墨は慌てて戸を閉めた。
どんだけ要が怖いんだ……。
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