憑代の柩

菱沼あゆ

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顔の女

霊現象の理由

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「お前があの探偵に言っていたように、殺して、名と戸籍を手に入れたか」

「なんでもお見通しなんですね。

 噂のボディガードさんですか」

 喫茶店での話もやはり、筒抜けだったようだ。

「あれはいつでも、お前の側に居るからな」

「いつも私の側に居るというと
 ……貴方しか思い浮かびませんが」

 誰がボディガードだ、という顔をする。

「見えても見えていないのさ。

 そのように出来るのが探偵だと言っていた。

 景色の一部に溶け込むのが」

「んじゃ、溶け込めないのは、三流ってことですね」
と笑う。

 流行が悲しげな顔をするさまが浮かんだので、途中で笑うのをやめた。

「秋川奏が佐野あづさを殺して、入れ替わったのなら。

 他の人間を殺すのもたやすかったかもしれませんね。

 一度やったら、殺人に対してのハードルが下がるでしょうから」

「そうかな。
 一度殺して、厭だったら、次を殺す気はなくなるんじゃないか?」

 その言葉に私は嗤う。

「やはり、貴方の方が人がいい」

 さて、と手を打つと、何故か衛は身構える。

「なんですか?」
と見ると、

「いや、普通、『さて』と言うと、謎解きが始まるだろうが」
と言う。

「……私は探偵ではありませんよ。

 でもまあ、ひとつまとめてみましょうか?

 衛さんは、奏さんが佐野あづさという名を使い、顔を変え、自分に近づいてきたのを知っていた。

 奏さんが貴方がたに復讐しようとしていたことも。

 で、疑問なんですが。

 奏は、なんで、ターゲットを貴方にしようと思ったんでしょうね?」

「僕が一番近づきやすかったからじゃないのか?
 当時はまだ、大学に通っていたし」

「それで、咲田馨と同じ顔に整形して、その反応を見た、と。

 でも、お言葉ですが、貴方の大学、入りやすくはないので、近づきやすくはなかったと思いますが。

 秋川奏は、そんなに頭、良かったんですか?」

「悪くはないが、そんなに良くもなかったようだ」

「それでよく通りましたね」

「まあ……死ぬ気で勉強したんじゃないか?」

 それで通るものだろうかな。

 衛もあまり勉強で苦労したことのない人間なので、此処のところは、ピンと来ないようだった。

「彼女は高校、大学に行くお金を何処から得ていたんでしょうね?」

「それがよくわからない」
と衛は首を捻る。

「要が馨の代わりに送金していたのかもとも思ったが、どうもそうではないようだ」

 馨が居ないあとの奏に用はないということか、と言う衛に、

「そういう解釈だと、とんでもないロクでなしですね、要先生」

 単に居所がわからなかっただけでは? と苦笑いして返す。

「ともかく、彼女は僕に近づき、あの顔で揺さぶりをかけようとした。

 たぶん、馨と同じ顔の人間が側に居れば、僕が苦しむ、と思ったんだろう。

 結婚したいと言い出したときには、びっくりしたが、彼女が一生僕を苦しめたいと思うのなら、気が済むようにすればいいと思った」

 私は、そこで、うーん、と唸る。

「それ、奏さんが復讐したいという意図で貴方に近づいた、ってところから端を発してる発想ですよね」

 他に何がある?
と衛は言う。

 鈍いな、この男。

「最初は復讐のために近づいたのかもしれませんが。

 奏さんは、結局のところ、貴方が好きだったんじゃないですかね」

「なんでだ」

「なんでって。

 ……私の首を絞めに来たからですかね?」

「母じゃなかったのか」

「その比じゃない勢いで絞められましたよ。

 仕方ないです。

 あのとき、私、あづささんの霊が洗面所に居るのわかってたんですから」

 わかってて止められなかった自分は、やっぱり衛が好きなのだろうか、とちょっと思った。

 何か言いかける衛の前で、私は、しっ、と口許に指先を当てた。

「誰か来ました」

 ちょっと此処に居てください、と衛を置いて、玄関に行く。

 あの足音だ。

 息をひそめる。

 ドアの前で、また止まった。

 魚眼レンズから外を覗く。

 誰も居ない廊下。

 手すりと近所の家の屋根と、暗い住宅街しか見えない。

「あの女は何処だ」

 いきなり耳許で声がした。

 霊現象に慣れている自分でも、さすがに身を竦めた。

「あの女は何処だ」

 振り向いたが、誰も居ない。

 衛がこちらに来ようとしたので、手で下がらせた。

 声のした耳の方。

 白く簡素な下駄箱を向いて言う。

「やはり、霊は騙せないようですね。

 ま、中にはトンマな霊も居るかもしれませんけど。

 私は佐野あづさじゃありません。

 お話を聞かせてください。

 姿を現して」

 間があった。

 早くしないと、痺れを切らした奴らが出てきそうだと焦ったが、じんわりと滲むように霊は姿を現した。

 まだ警戒しているのか、はっきりとは見せてこないうえに、下駄箱に多少被っているが、その背格好くらいは確認できる。

 若い男のようだった。

「貴方は誰ですか?」

 霊が姿を現したことを周りに知らせるように声を上げた。

 男は黙して答えない。

 代わりに、こちらを窺うようにめつけている。

 根気強く待つと、男はやがて口を開いた。

「この部屋に居た、あの女は何処だ」

「佐野あづさですか?」

 男は首を振る。

 声が近いな、と思った。

 生きた人間のそれのようだ。

 余程の執念があるようだった。

「あづさの名を語る女だ」

 息を呑んだ。

「貴方は、『佐野あづさ』さんの関係者の方ですか」

 その言葉に、男は部屋に向かい、動き出す。

 うわ、ちょっと待て、と思った。

 衛がすぐ近くに隠れて立っていたが、気にする風もなく、通り過ぎていく。

 洗面所を向いたが、奏の霊は今は居ない。

 或いは、男の出現に、身を潜めているのかもしれないが。

 ベッドの側で足を止め、しばらくそこを見ていたが、やがて、その足許、三段ボックスとの間にある押し入れに目をやる。

 そこを指差した。

「え、えーと。
 あの……」

 まだ、確かめたわけでもないことが気になり、一所懸命考える。

「あの、あ、そうだ。

 もしかして、そこに貴方が居たとかっ」

 慌てて出た言葉だったが、男は深く頷いた。

 ……マジですか。

 やばい。

 今、言うべきではなかったな、と思った。

「そこに誰が居たって?」
と戸口に立つ衛が訊いてくる。

「いえその、男の方が、その、霊の方が」

「本物の佐野あづさの関係者が何故、この部屋に?」

 ひとつ息を吐いて、男に問おうとした。

「あの、ちょっとこちらに来ていただいて、その――」

 男は勝手に、すうっと動き、洗面所の方に向かおうとする。

「待って、ちょっと。
 そっちには行かないで」

 だが、幸い、奏の霊は現れないままだった。

 こちらを振り向いた男は突然、喉と胸をかきむしり始めた。

 そのまま倒れる。

 そして、助けを求めるように手を伸ばして、消えた。

「どうなった?」

 何も見えていない衛が側に来て訊いてくる。

 ……最悪だ。

「霊の人は喉と胸をかきむしって倒れて死にました。

 可哀想に。

 死んだときを時折思い出して、再現してるんですね」

 衛は後ろを振り返っていた。

その視線は、あの押し入れを見ている。

「あそこには今、何が?」

「使われてない布団袋とかです」

「結構空いた空間か?」

「……そうですね。

 まあ――

 あそこに居たってことでしょうね。

 死体として」

 そうまとめる。

「さっきの男は、此処で殺されたということか」

「ざっくりまとめると、そうですかね。

 佐野あづさがニセモノだと気づいた男が奏に近づき、奏に、例の毒薬のお試しとして殺されたってとこでしょうか」

 そこでちょっと考える。

「それにしても、死体をあの場所に隠したとして、どうやって、始末したんでしょうね」

 今、此処にはありませんから、と確認させるように言う。

「背負って出たとか?」

「秋川奏は私と背格好変わらなかったんでしょう?

 さっきの男は結構ガタイ良かったですよ。

 無理じゃないですかね。

 深夜引きずって出るといっても、なかなか誰にも見つからずにというのは、難しいと思いますね」

 協力者が誰か居たのかもしれないと暗に示唆する。

 衛は少し考えていたが、帰ると言い出した。

「そうですか。
 あの、そろそろドレスを買いに行きたいんですが、付いて来られますか?」

 衛に言われたからでなく、レンタルはよそうと思っていた。

 何が起こるかわからない。

 また爆死しても大変だ。

 ドレスの保証はできない。

 靴を履きながら、衛は振り返らずに言った。

「……行こう。
 連絡しろ。

 仕事の都合がついたら行く」

 閉まった重いドアを見ながら呟く。

「偉そうに」

 目を閉じ、その、男にしては軽い足音が遠ざかって行くのを聞く。

 何故、今、衛は突然出て行ったのか。

「まったく、誰が狐で狸だかわかったもんじゃないですね」

 まあ、私もだけど、と思いながら、先程の部屋に戻る。

 あの押し入れを開けずに眺めた。



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