憑代の柩

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
39 / 68
顔の女

過去の事件

しおりを挟む
 
 戻ってみると、やはり本田は居なかった。

 鍵は開けっ放しだったので、一応、二人で室内を確認したあと、衛を浴室に連れていく。

 浴槽に足をかけ、そこに上がると、衛が、おい、と言う。

「此処に薬があったんですよ」

「薬?」

「前の住人が服毒自殺に使った残りを此処に隠してたみたいです」

 要るほど何かに混入し、残りを此処にしまったものの、なんだか心残りだったようで、命日には、確認していたようだ。

「あづさにも霊が見えていたのなら、彼女も気づいていたでしょう。

 本田さんが見たあづさの子供の頃の写真。

 本当に彼女のものなら。

 佐野あづさっていうのは、貴方の家庭教師だった馨さんの血縁者なんじゃないですかね?」

 衛の顔色はいつもにも増して悪かった。

「貴方は、流行さんの相方にそれを調べさせ、知っていた。

 馨の親族が、名を変え、偶然同じ顔の別人として貴方に近づいたというのなら、そこにはなんらかの意図があったはずです」

 よくない意図が――。

「貴方は気づいていた。
 違いますか?」

 衛は風呂場の入り口に縋り、腕を組んでいた。

 初めて見たあのときと同じ、自らを守ろうとするように。

 衛はこちらを見ずに言う。

「気づいていて、何故、僕が?」

「彼女が例えば、そうですね。

 年齢的に、馨の妹だったとする。

 その彼女に、貴方は何か負い目があったのではないですか?

 だから、彼女の望むまま、彼女と結婚しようとした」

 衛は溜息をついて言う。

「彼女の名前は、秋川あきかわ かなで

 咲田馨の五つ下の妹だ。

 咲田家の両親が破産し、亡くなったあとで、馨はまだ幼かった妹、奏を親族の秋川家に引き取ってもらった。

 秋川の家も傾いていたが、まだ人のいい叔父夫婦が揃っていたからだそうだ。

 馨は秋川の負担になってはいけないと、自分は一人で生計を立てていたそうだ 心配する叔父たちには、自分は天才だから、学校の援助ももらえて、なんとかなると言って」

「……天才なんて、言ってましたか?」

 いや、違う言い方だったかな、と衛は言う。

 雑な教え子だなあ、と思いながら聞いていた。

「秋川の会社もその後、倒産寸前に追い込まれたが、何度か融資を受けて、持ちこたえた。

 が、結局、倒れてしまってね。

 秋川家の人間は失意のうちに、亡くなり、奏はまた一人、取り残された。

 そこから、ぷっつり消息が途絶えている」

「本当に?」

 そう促すと、衛は再び、口を開いた。

「うちに訪ねてきた。
 姉を捜してやってきたんだが、もうそのときには、馨は父親とともに、渓流に転落したあとだった。

 応対したのは、僕の母だ。

 奏に馨は死んだと告げ、言わなくてもいいのに、彼女を売女だと罵った」

「何故です?」

「……要は病院の金を横領していた。
 倒産しかけの秋川の会社を援助していたのは要だ。

 馨は、せめて妹だけは、幸せに暮らして欲しいと願っていたから、それでだと言ってたが。

 いや、馨を自分に縛るためだろう。
 援助さえ、馨が望んだことじゃなかった」

「横領はいけませんが」

「心配しなくても、僕がもう補填している」

 それはありがとうございます、となんとなく、要の代わりに礼を言ってしまう。

「馨さんは、要先生の婚約者なんでしょう?
 彼女のために、金を都合しても、売女ってのは……」

「母は、馨が好きなのは、僕だったと思ってる。

 それなのに、要を誘惑して、金を出させてたと。

 そして、そんな女が息子の側に居るのは、気に入らないと言っていたんだ。

 まったくの妄想だよ。
 でも、母は、それを奏に聞かせ、罵った」

 あのときの奏の顔が忘れられない、と言う。

「奏は、そのときの自分を僕が見ていたことを知らない。

 だけど、予感がしたんだ。
 彼女は必ず、僕らに復讐に来るとね。

 彼女は、母の罵りように、僕らのうちの誰かが、馨を殺したと思ったようだった。

 馨の死体は上がらなかった。

 でも、言ったろう?
 川縁に上がったのを見たという話もある」

「誰かが生きて上がった彼女を殺したと?」

「母は要に殺せと命じていたと思うね。

 横領に気づいていたから、それをバラすと脅して、要をいいようにしていた。

 要は要で、僕と馨の関係をずっと疑っていた。

 だから、馨を殺す動機はあった」

「ほんとのとこ、どうなんです?」

「何が?」

「貴方と、馨先生ですよ」

 何もなかったよ、と衛は言った。

 こちらを見て、嗤う。

「僕が殺したと思ってるのか?

 自分の想いを受け入れなかった馨を。

 そうだな。

 僕は遅れて別荘に行った。

 途中で、川から上がった馨を見つけたかもしれないな」

 まあ、ともかく、と衛は話を戻す。

「それからしばらくして、大学で、『佐野あづさ』という人間が僕に近づいてきた。

 驚いたよ。

 馨そっくりだったから。

 でも、その目には覚えがあった。

 それは、あのとき、母を睨んでいた少女の眼だった。

 奏は馨に似た顔を、更に似せるために整形し、僕に近づいた。

 佐野あづさという名前と戸籍を手に入れて」

「どうやって、それらを入手したんでしょうね?

 戸籍や名前は裏で売買されていると思います。

 でも、佐野あづさは、ちゃんとした大学教授の娘です。

 一体、どうやって」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

処理中です...