憑代の柩

菱沼あゆ

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顔の女

証言

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 学食の出口で、さっきの女に出会った。

 今は一人のようだった。

 軽く頭を下げて行こうとすると、彼女は、

「貴方、あづさ?」
と言ってきた。

「あづさじゃないわよね」

 そう言い切る。

「どうしてそう思うんですか?」

 私は笑った。

 そろそろ知れてもいい。

 私もあづさではなくなる頃だ。

「貴方、あのとき、私に水をかけ返した」

 ああ、あのとき、私に水をかけた人、と今更ながらに、気がついた。

「あづさなら、蛇のような眼で、こっちを見てるだけだもの」

 厭な子だった、と彼女は言う。

 胸痛く、その言葉を聞いていた。

「……シャイなんですよ、彼女」
と言うと、女は不思議そうにこちらを見る。

「少し目が悪いみたいだし。

 霊になってもそうみたいで、あんまりこっち見えてないんですよね」
と一点を見ながら言うと、ひっ、と彼女は身をすくめる。

 ははは、と笑い、

「大丈夫ですよ。
 今、此処には居ません。

 っていうか、恐らく、もう私の前には現れませんから」
と告げた。



 いつの間にか雨は上がっていた。

 本田はあの日見た夕暮れと同じ光の中を歩いて、隣町の駅前まで来ていた。

 さっき、目を閉じていた彼女の表情を思い出す。

 いつも静かに心の奥で、何事か思索している人間の顔だと思った。

 あの外見と頓狂さに、それは見えなくなっているけれど。

 最近、急速に寂れてきた気がする商店街の喫茶店で、高校の友人と待ち合わせしていた。

 その友人が消防士になっていて、例の教会爆破事件のとき、消火に当たったと別の友人から聞いたからだ。

 祖母が昔から通っているレトロな喫茶店を指定すると、彼の祖母もよくそこを使っているらしく、場所はわかるとすぐに了承してくれた。

「昔はよくあそこで奢ってくれてたんだよな~、冷たいものとか」
と寂しげに語る彼の祖母は、今は痴呆が進んで、施設に入っているのだと言う。

 昔と変わらぬ高らかな鐘の音のするドアを開けると、すぐに友人と目が合った。

 よお、と手を上げて来る。

 軽く近況を報告し合い、すぐに本題に入った。

「ああ。
 うーん。

 そうだな」
と友人の口は重い。

「御剣絡みだから、いろいろ訊かれても、みんな口を閉ざしてるんだよね。

 なんか御剣から感謝のなんとかだって、全員に金一封あったしさ。

 まあ、花嫁は助かったんだから、よかったとはいえ、あんな爆破事件を起こされるなんて、御剣に何か恨みのあるものでも居るんじゃないかって話もあるし」

 軽い感じで、友人が、助かったと言ったのが、なんだか気になった。

「助かったって言っても、大怪我だったよね」

「いやあ?」
と顎をしごいて外を見ながら、彼は言う。

「ぱっと見、無傷だったよ。
 俺見たし」

「え?」

「要先生が車に二人くらい乗せてた。

 一人は傷がひどいのか服が被せてあったけど。

 花嫁さんは無傷だったね。

 ちょうどそっちを乗せるところ見たんだよ。

 少し顔を摺ってたかもしれないし、ドレスも爆風で汚れてたけど、それだけだった」

「え……」

 どういうことだ、という言葉が出なかった。

「待って。

 それ―― この子だよね?」

 唯一、あづさと撮ったゼミ旅行の写真を見せる。

 手にとった彼は、

「ああ、そう。
 この子。

 俺、結構タイプだったからよく覚えてるよ。

 苦しそうだったから、どっか怪我してたんだろうけど。

 見たところ、何処も。

 ああでも、ドレスが身体覆ってたからなあ。

 まあ、助かったんだから良かったじゃん。

 死んだ花屋さんとか、怪我した美容師さんとかは可哀想だったけど。

 あ、花屋の女が犯人だったんだっけ?

 あれはどう見ても助からないと思ったけどね。

 控え室の中に居たようだし」

 何処から質問していいのかわからないくらい、頭が混乱していた。

 

 学校帰り、雨のしずくの残る陸橋を私は見ていた。

 周囲に視線を巡らす。

 人の気配すらない。

 本当に居るのか、ボディガード、と思いながら、アパートに帰る。

 鍵を開けようとしたとき、いきなりドアが開いた。

 えっ!?

 此処の鍵は自分と衛と大家くらいしか持っていないはずなのに。

 いきなり中に居た人物に口と胸許を掴まれ、引きずり込まれる。
 



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