憑代の柩

菱沼あゆ

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顔の女

集金人

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 一人ならいいですよ、とその人は言った。


 一人でいいです、と私は返した。



「一人だけなら、殺してあげましょう」

 誰をりますか?
と彼は、大真面目な顔で訊いてきた。

 本当にこの男が、殺してくれるのだろうか。

 じゃあ、どうせなら、もっと早くに来て欲しかった、と思った。


 

 朝、チャイムが鳴る。

「あー、はいはい」

 お茶を淹れていた私は、立ち上がり、出て行こうとしたが、その手を要が引いた。

「なんですか、もう~っ」
「衛じゃないのか?」

「そうかもしれませんね」
「と言いながら、何故、行こうとするっ」

「チャイムが鳴っているからです」

「そこに山があるからみたいに言うなっ」

 だが、早朝訪ねて来たのは、某放送局の集金人だった。

「なんだ。
 やっぱり居るじゃないですかー」
といきなり文句をたれる。

「ええっ?
 なんですか?」

「この間来たら、もう居なくなるから払わないとか言ったくせにー」

 若いせいか、男はかなりフランクに話してくる。

「今、そこの前通ったら、人影が見えたから。

 あ、今、仕事中じゃないんですけどね。

 ちょっと文句くらい言っとこうかなっと。

 十八日以降はもう居ないとか、日付まで言うから、すっかり信じちゃいましたよ」

 私はノブを握ったまま、
「……私が十八日以降、居ないって言ったんですか?」
と訊くと、

「ええっ。
 そこでしらばっくれる?」
と男は大仰に驚いてみせる。

「確か、十八って言いましたよ。
 親父の給料日の二日前だなって思ったから、はっきり覚えてますよ」

 来年のとか言わないでしょうね、と男は言う。

 私は、とりあえず、この場をまとめようと、

「私、双子の妹なんです」
と言ってみた。

「また適当なことを。
 っていうか、双子でも住んでるんなら、払ってください」

 しまった。
 そう来たか~。

 そう思っていると、要が後ろから現れ、

「君、この部屋の住人はもうすぐ結婚して出て行くんだ。

 私たちは片付けと留守番のために此処に居るんだ」
と言いながら、懐から長財布を取り出し、

「だが、まあ、一ヶ月分だけ払っておこう」
と言う。

「ああ、ご結婚だったんですか」
と素直に受け取りかけたが、

「あ、今日、書類持ってないんで、やっぱいいです」

 そう律儀なことを言った。

「また持ってきますから、お金はそのときで。
 おめでとうございます、とお姉さんにお伝えください」

 ぱたん、と戸が閉まって、すぐに要を振り向く。

「なんで十八日なんでしょう」

 それは、新聞で目にした日付だ。

「あの前撮りの日ですね」

 私が、そして、あづさが爆弾で吹き飛ばされた日だ。

 いろいろ準備があって居なくなると思ったのか。

 あの日を最後に屋敷に移る予定だったのか。

 いや、衛はそんなことは言ってはいなかった。

「ああいう事件が起こることを、あづささんは予測してたとか? 

 それか――」
と私は言葉を止める。

「佐野あづさが実は、爆破事件の犯人か」

 爆弾か……と要は呟く。

「いや、ないな。
 派手過ぎる」

 要はそう言った。

 派手過ぎる?

「ところで、誰が妹だ?」

「いや、あの場合しょうがないじゃないですか」

 振り返り、洗面所を見たが、そこにいつもの霊は居ない。

「ないんですよね」

 呟いた台詞に、うん? と要は返す。

「ないんですよ。
 あのポーチ」

「ポーチ?」

「此処にですね。

 立っている女性の霊が、いつもポーチの中を漁ってるんです。

 そのポーチ、この部屋にあるんじゃないかと思ったんですけど、ないんですよ」

 何処にあるんでしょうね、と呟いた自分に、要は訊いてくる。

「それは、此処に前から住んでる霊か?」

「前の住人はそこに居ます。見えます?」
と指差し、訊いたが、要はあまり波長が合わないらしく、いや、と言った。

「この女性の霊は俯いてますけど。
 私の顔をしています」

 要が洗面所の鏡を見、こちらを見た。

「……まったく同じ顔か?」

「ちょっと感じが違いますね」
と苦笑する。

 そのとき、膝を抱えて座っていた霊が立ち上がり、何処かへ行った。

「え……」

 何事かと訊こうとする要の腕を掴み、黙らせる。

 彼の後について行った。

 彼は換気のために開けておいたユニットバスの扉をくぐり、中へと入る。

 バスの縁に足をかけると、そこに上がり、天井の蓋に手を伸ばした。

 そこを上げて、覗き見るような仕草をする。

 それから、元の場所戻り、また膝を抱えた。

「……なに今の」

 見えていないらしい要はますます胡散臭そうな顔をしている。

「要、先生。
 あの、此処の大家さんの電話番号知ってますか?」

「知ってたらびっくりするだろ」
と言われ、そりゃまあ、そうですねえ、と返す。

 目はしゃがんだままの男を見ていた。

 取って返し、さっき、男が開けようとしていた蓋を開けてみる。

 暗い。

「すみません。
 懐中電灯」

「玄関にあったか?」
と確認するように言い、取ってきた要がそれを渡してくれる。

 中を照らしてみた。

 埃もあまり積もっていないそこには何もなかった。

「何もないです、先生」

 要は、私が何を言いたいのかわからないようだった。

 私は蓋を開けたまま、飛び降りる。

「何もないんですよ、先生っ」
とその手に懐中電灯を押しつけるようにして、渡した。

「……相変わらず」

 なんだかわからない女だと言いたいようだった。

「ちょっと書類、探しますね。

 大家さんの電話番号とか。
 契約書」

 背後の要は溜息をつき、
「手伝おう」
と言ったようだった。


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