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悪霊の棲む屋敷
この顔でちょろちょろしてすみません
しおりを挟む「一緒に帰らないんですか?」
無駄に広い玄関ポーチで、本田たちにそう訊いた。
「衛の車で送ってもらうほど落ちぶれてないわ」
本田の壊れかけの車で帰る方がマシよ、と言う。
そのとき、要の車が門から入って来るのが見えた。
それを見た麻紀がめんどくさそうに、
「帰るわよ、本田」
と言う。
こちらを見て、
「じゃあね。
あんたも気をつけなさいよ、いろいろと」
と言って、本田を引きずって行こうとする。
「あーっと。
じゃあ、見送りますよ」
と遠慮がちに遠くに停めている本田の車のところまで付いて行った。
要が暗がりで、ちらとこちらを見る。
「要、よく来るの? 今でも」
「結構来てるみたいですよ」
ふーん、物好きね、と麻紀は言う。
「すみませんね、本田さん。
今日は引っ張り回しちゃって」
と言うと、本田は、
「いえ。
なんだか懐かしかったです。
あづさと行ったカラオケを思い出しました」
一瞬、こちらを見つめ、じゃあ、と頭を下げ、行こうとして、足を止めた。
振り返らずに言う。
「……ちょっと思ったんですが。
あづさと居るより、貴方と居る方が、衛さんはリラックスしてる気がしますね」
「特に気もない女だからじゃないですか?」
「どうでしょうね」
と振り返り、本田はちょっとだけ、あの、人の良さそうな笑顔を見せた。
あづさが何故、この頼りない本田と居たのかわかる気がした。
まあ、あの衛とずっと居たら、疲れるよな。
可愛いところもあるにはあるんだけど。
屋敷に戻ると、もちろん、自分を待っているような衛ではなかった。
もう中に入ってしまっている。
要の姿もそこにはなかった。
衛は出かける前に、広げていた書類の後始末をしているらしく、書斎から出て来なかった。
なんとなく、上の階に行くと、要の部屋から灯りが漏れていた。
ドアが薄く開いたままだ。
声をかけるべきか、と迷っていると、
「……幽霊のように立つな」
と椅子に座っている要が言った。
観念してドアを開けたが、その言葉の意味が今はなんだか重いな、と思った。
「先生――
あ、いや、なんでもないです」
この顔でちょろちょろしてすみませんというのもな。
衛が要の婚約者が好きだったのなら、この二人の関係って微妙だな、と思った。
要は本を閉じ、振り返る。
「言いたいことがあるなら言え。
背後をうろちょろするな」
「はあ。
すみません」
「お前に後ろに立たれると、ぶっすりやられそうな気がする」
それは、もしや、私に、ではなく、その婚約者にってことだろうかな、と思う。
困って溜息をつき、どうしようもないので、腰を下ろしてみた。
「衛に何を言われた?」
「衛さんに言われたって言いますかね」
事の始まりは本田だったと、ゆるゆると話し始める。
聞き終わった要は笑った。
「衛は俺があいつを殺したと言ったか」
「なんで殺したんですか?」
決めつけるな、と要はこちらを見る。
「なんで俺が馨を殺す必要がある。
警察はどう思ってたか知らないが、衛の父親と馨はほとんど面識がない。
確かに、彼女を衛の家庭教師にしたのはあの人だが。忙しい人だったからな」
馨というのか、その婚約者は。
「何か理由があると思ったから、衛さんはそう疑ってるんでしょう?」
その言葉に要は嗤う。
「語るに落ちたな」
「え?」
「そうだな。
確かに、俺には馨を殺す理由があるかもしれない。
俺は馨と衛の関係を疑っていた。
衛が俺が馨を殺したかもしれないと思っているということは、自分で馨との関係を認めたようなもんだろう?」
「どうですかね?」
と私は腕を組んで、小首を傾げる。
手近な椅子の肘掛けに腰をのせて言った。
「そういう疑いがあるってだけで、気の早い先生が殺しちゃったのかもしれないじゃないですか」
お前な、と要は睨む。
「俺を殺人犯だと思っているのなら、そうやって俺を追い詰めるような真似をするのは危険だと思わないか?」
「今、此処で私が殺されたら、100%貴方が犯人じゃないですか。
だから、しないと思います。
それとも、そこまでしても、私を消したい何かがあるんですかね?」
「……あるかもしれないぞ」
と要は言う。
「なんせ、俺は誤解から、うっかり婚約者を殺した男らしいから」
「根に持ちますね~」
と苦笑いしながら、本を片付けている要の後ろ姿を見ていた。
「ところで、家庭教師の報酬ってそんなにいいものなんですか?」
「なんでだ?」
要の指が少し止まった気がした。
「馨さんには借金があったんですよね。
それを返せるほどのものなんですか?」
「まあ、かなりよかったようだぞ。
俺は詳しくは訊いてないけどな。
だから、衛の母親は、馨に衛が手を出してもいいように、多めに払ってるんだろうと言っていた」
「……要先生の婚約者なんですよね、馨さんて」
「そうだが。
あまり気にしない人だから」
と衛の母親の話を締めくくる。
「その程度の女だと思っていたようだ。
それで、衛のストレス解消になるのなら、それもいいと人に言っていた」
「人に言っちゃ駄目じゃないですかね」
「だが、報酬を決めたのは、衛の父親だ。
あの人は単に、金銭感覚がずれてるから。
馨も少しな」
「馨さんて、何者だったんですか?」
「咲田馨は、元はかなりいい家の娘だったようだが。
両親を亡くして、相当な借金があったようだ」
「ようだって」
「俺はそういうことは突っ込んで訊かないようにしているから」
随分、あっさりとした関係だな、と思ったが、衛と佐野あづさとのあっさり具合とはまた違うようだった。
「ところで、まだ衛の母親に首を絞められてるのか?」
と訊いてくる。
「え?
ああ、今のところ、皆勤賞です」
せっせとあの霊はうちに日参している。
「わかった。
今日、衛はお前のうちに行くか?」
「帰りは送ってくれるみたいですけど?」
じゃあ、衛が帰ったら、電話しろ、と言う。
「どういうつもりなのか、俺が見てやる」
と本を閉じる。
「あ、先生は、霊が見えるんでしたね?」
そこで、要は、
「読むか」
といきなり本を投げて寄越す。
「衛の部屋からかっぱらってきた奴だ」
「あ、ありがとうございます」
それは彼が読まないと言っていたミステリーだった。
あのとき持って帰った本はやはり読んだことがあった。
自分はこういう本を好むらしい。
要もそれに気づいて貸してくれたのか。
意外に気が利くのかな、と思った。
まあ、それも、この顔だから、気を使ってくれているだけかもしれないが。
「要先生。
病院で私を診察してるとき、呪文めいたものをカルテの端に書いてらっしゃいましたけど、あれはなんですか?」
要は、どうでもいいところをよく見てるな、という顔をする。
「魔除けだよ」
「魔除け?」
「余計なものが出て来ないように」
「殺した馨さんとか?」
と言うと、
「そうかもな」
と嗤っていた。
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