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悪霊の棲む屋敷
写真
しおりを挟む衛の到着に少し遅れて、自分たちは屋敷に着いた。
一階にもある衛の書斎で、彼は呆れたように待っていた。
「僕に用事があったんじゃないのか」
「あるから来たんですよ。
でも、うっかりカラオケ延長しちゃって」
と笑うと、衛は俯きがちに溜息をもらしていた。
「どっと疲れるわよね、この子と話してると」
と麻紀が衛の味方をするように言う。
「あっ、裏切り者っ」
と言ってみたが、
「いつ、あんたの味方になったのよっ」
と返されてしまう。
とりあえず、これだけは訊かねばと麻紀が見たという、衛と一緒に居た女性について訊いてみた。
デスクに腰で寄りかかって立つ衛は、あれか―― と、どうでもよさそうに言う。
「あれは僕の恋人じゃない。
要の婚約者だ」
え――
「別れたとか言う?」
「別れたっていうかな」
と衛は腰を浮かし、デスクの後ろの作り付けの書棚に本を戻しながら言った。
「僕の父親と一緒に流れて行ったんだ」
「……家庭教師の人だったんですか」
衛は少し迷ったあとで、その先を口にする。
「要と一緒にうちに来てて、父親に気に入られたんだ。
彼女には当時、借金があって、それで僕の家庭教師を引き受けたようだった」
「家庭教師って、そんなに儲かるものなんですか?」
そこで何故か衛は黙る。
「麻紀さん、家庭教師だって、知らなかったんですか?」
麻紀の代わりに衛が答える。
「あの頃、お前は何を拗ねてたのか、うちには近寄らなくなってたから知らなかったんだろう」
「何をって」
と麻紀は絶句する。
もしや、この男……。
告白されたことにも気づいてなかったのでは。
立ち尽くす麻紀を見、哀れ過ぎる……と思った。
衛は全員を無視するように、新しく手に取ったファイルを捲る。
「あの、要先生の婚約者だって言うのなら、なんで、あづささんは、この顔をコピーしたんでしょう」
本田が軽く肘でつく。
ああ、そうか、と思った。
衛はその要の婚約者が好きだったのだ。
本気で見ているように見えなかったファイルを閉じて、彼は言う。
「彼女が川から上がったのを見たという証言もあった」
「え――」
「要らしき男がそれを助けたと。
でも、それぎり彼女は消えた。
警察は、僕の家庭教師と父は不倫の関係にあって、揉めたんじゃないかと言ってたよ。
それで、渓谷に落ちたんだと」
「それが本当なら、要先生に、お父様に、随分、忙しい人ですね」
なにを、と衛は嗤う。
「あの女、そういったことにはまるで興味が無い女で。
よく要と恋愛できたなと感心してたもんだ。
しかし、要が助けたのなら、何故出てこないのかが、気になっていた」
「実は、お父様との噂が本当で、要先生が殺したとか。
或いは、お父様を殺したのがその先生で、要先生が庇ってる、或いは殺したとか」
「殺し率が高いわよ、あんた」
とこういうことに関しては、意外に平和主義的な麻紀が怯えたように言う。
「あのー、まさかなんですけど。
もしかして、衛さんが、あづささんと結婚しようとしたのは、その先生にそっくりだからでは」
「だからそう言ってるじゃない」
と麻紀が言うが、
「いや、そういう意味じゃなくてですね」
「たぶん、お前が言おうとしている意味だ」
最後まで言わせず、衛は言った。
「僕はあづさを利用したんだ。
そっくりな彼女を置いておけば、罪の意識に苛まされた要が真実をしゃべるかもしれないと思って」
本田が唇を噛み締めたのがわかった。
「本田さん、殴っていいですよ」
勝手になに言ってんだという顔で見たのは、衛本人ではなく、麻紀だった。
「……いえ」
と本田は手を握り締めた。
「僕は貴方を殴れない。
彼女は本当に貴方を好きだったから。
でも、彼女は自分が貴方に愛されてないのを知っていた。
だから、僕と居たんです。
彼女は自分がその人の身代わりであること、きっと、誰よりよくわかっていたから」
その言葉を聞いたとき、一瞬だけ、衛の目に淋しそうな光が宿った。
顔を無くした女を利用してまで、犯人を見つけたいと衛は言った。
『申し訳ないからな』
あれはこういう意味だったのだ。
「私は、身代わりの身代わりなんですね」
ぼそりと呟く。
使い捨てもいいとこだな、と思ったのだ。
麻紀たちは先に部屋を出た。
残った私は、ソファの背に腰を預け、衛の顔を見ないまま言った。
「本田さん、子どもの頃のあづささんの写真、見たそうです
いや、あづささんのかはわかりませんけどね」
衛は腕を組み、火の無い暖炉を見ていた。
「元からあの顔だったのなら、彼女は、佐野あづささんではなかったことになります。
別人がその名を語っていた。
でも、写真が他人のものの可能性はあります。
その場合、貴方の家庭教師の先生のものの可能性が高いです。
彼女はどうして、それを手に入れたんでしょう。
そして、まったく違う地方に住む大学教授の娘だった佐野あづささんが、何故、顔を変えてまで、貴方に近づこうとしたのか。
金目当てなら、別に遠く離れた貴方でなくてもいい。
まあ、その顔ですから、何処かで出逢って、見初めて、貴方のことを調べ上げたとも考えられますが」
そこで私は言葉を止めた。
「あんまり興味なさそうですね」
とその横顔を見る。
衛は否定しなかった。
「貴方はもしかして、何もかもわかってるんじゃないですか?」
衛は薄い唇を小さく開く。
「お前にもわかっていることがあるんじゃないのか?」
「そうですね」
と私は認める。
「ひとつ、わかっていることならありますよ。
もちろん、教えませんが」
と微笑むと、お前……と睨まれる。
素知らぬ顔で他所を見た。
廊下を歩く紳士が見えた。
あのとき見たのと同じ男だった。
衛の目が自分の視線を追ったようだった。
「……呼び止めましょうか」
彼には、自分が何を見ているのかわかっているような気がして、そう訊いてみた。
だが、衛は、
「いや―― いい」
と言った。
そのまま、また自分を抱くように腕を組んでいる。
彼ほどの人でも、真実を知りたくない気持ちとかあるのかな、と思った。
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