憑代の柩

菱沼あゆ

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悪霊の棲む屋敷

僕を疑っているのか?

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 帰りの車。

 慣れたように助手席のシートベルトをとめかけていたが、その手を止める。

「どうした?」
と気づいたように衛が訊いてきた。

「いえ。
 ちょっと気になることがあって」

「なんだ」

「この車は厭じゃないなあと」

 なんだそれは、という顔を衛はした。

「この車は厭じゃないんです。
 でも、要先生の車に乗るの、なんだかちょっと厭だったんです」

「……なんでだろうな」
と言いながら、衛は車を発進する。

「お前も要の車に事故の直後、乗ってるからじゃないのか?」

「えっ、そうなんですか?」

「教会は病院の近くなんだ。
 爆発があって、すぐに要は教会に行ってくれたらしい。

 救急車が来るのを待っていたら時間がかかるから、抱えられる程度の傷の人間は、要の車と、牧師の車で、往復して病院に運んだようだ」

「美容師の方たちも怪我されたんですよね」

「でも、彼女らは隣の部屋に居たからな。
 まあ、今は全員、元気だ」

 事故の直後のことを身体が覚えていて、あの車を厭がるのだろう、と衛は言う。

 だが、そういえば、後部座席はそんなに厭ではなかったのだが。

 私はたいした傷でなく、助手席に転がされていたんだろうかな、と思った。

「あの、そういえば、爆破があったとき、衛さんは何処にいらしたんですか?」

 衛は黙る。

「前撮りなら、貴方も必要だったはずですよね。
 それ以前に、花嫁の姿を見たいと思うはずですが」

「特に見たくはない。
 僕は別に準備もいらないから、行きつけの店でお茶を飲んでいた」

「私なら厭です。
 そんな新郎」

「何故、僕の居場所を訊くんだ?」

「いえいえ。
 あの場に居たのは、佐野あづささん、花屋の店員、つまり私と、美容師の方々、要先生、牧師さん、それに、撮影の方々ですかね?」

 すると、牧師の妻も手伝いに来ていたと言う。

「ああ、奥さんもいらしてたんですか」

「でも、彼女は撮影スタッフとともに、祭壇の方を飾り付けてくれていたから、無傷だったが」

「なるほど。
 つまり、それらの人々の事件当時の居場所ははっきりしているわけですね」

「……僕を疑っているのか?」

「いえ、単に何処に居たのかな、と純粋に疑問に思っただけです。

 そしたら、思ったより、怪しい答えが返ってきただけで。 

 でもまあ、かえって怪しくないですかね。

 貴方が犯人なら、辛うじて怪我しない程度の位置に居るか、仕事をしてるか、もうちょっとマシなアリバイを作るでしょうから。

 今回は、祭壇のある教会内部は無事だったようなので、そちらに居るのが賢いと思いますね」

「お前の言い方はなにやら情がないな」
と見るからに情のなさそうな男に言われてしまった。

「僕にはあづさを殺す理由はないし。

 犯人だったとしても、お前を雇ってまで、自分が犯人であることを暴くほど自虐的でもない」

「私を囮に使った挙げ句に、暴けない、という選択肢もありますが。

 後から公表すれば、そこまでやったのに駄目だった、悲劇の夫を演じられますしね」

「公表できるわけないだろう。
 死者を偽ったのに。

 お前はどうしても、僕を犯人にしたいようだが」

「いえいえ、別にしたくはないです。

 ひとつずつ、確実に、可能性を潰していきたいだけです。 

 この人が犯人かな、という疑いは、わりとどの人に対しても抱けます。

 動機なんて、何処に隠されてるか他人にはわからないもんですから。

 だから、犯人である可能性を追求していくより、犯人でない可能性を明らかにしていった方が、早くに犯人にたどり着けるでしょ」

 だからだ、と衛は言った。

「え?」

「だから、僕が犯人なら、お前を使う意味がわからないと言ってるんだ。

 お前は必ず、犯人にたどり着く。

 莫迦じゃないからな」

 そう言い、いつの間にか赤で止まっていた車を発進させた。

「いや、こんな簡単に事件に引っ張り込まれて、利用されてる時点で、莫迦ですよ。

 それに、私を整形したときには、私が真相にたどり着きそうな人間かどうか、わからなかったはずでしょ。

 貴方は私と言う人間を知らなかったはずですから」

 私は意識を失い、寝ていただけなのだから。

「だが、まあ、その顔だからな」
と衛は言った。

 この顔がどうした、と思ったとき、彼は訊いてきた。

「それより、アパートに戻ったら、また首を絞められるぞ。
 いいのか?」

「あの屋敷に居たら、心臓に杭が打たれそうです」
と言うと、衛は珍しく笑ったあとで、

「何度殺しても蘇ってくる吸血鬼みたいだな」
と言う。

 そのまま、何かがツボに入ったようだった。

 ……わからない男だ、と思う。

「それに、衛さんも、家に帰ったときくらい一人で居たいんじゃないかと思って」

「どうしてだ?」

「いや、だって、ほら――」

 婚約者を亡くしたばかりだし、一人で考えたいこともあるのではないかと思った。

 それに、死んだ婚約者と同じ顔の女にずっと側に居られるのは厭なんじゃないかと。

 顔は似ていても、性格は全然違ったようだし。

「さっきの話だが」
「はい」

「確かに、僕は少し対人恐怖症めいたところがあって。
 他人に触られると気持ち悪くなるんだ」

「まあ、結構居ますよね、そういう人」
と言うと、結構居るか? という目で見られた。

「すみません。
 ただのフォローでした」

「別にいい。
 自分でそんなに厭じゃないから。

 でも、それは、相手があづさでも一緒だったんだ」

「あづささんは、結構積極的だったと伺いましたが」

「そう。
 歩いていると手を繋ごうとしてくるので、振り払っていた」

「どんなカップルですか。
 っていうか、結婚するつもりだったんですよね!?」

「あづさがしたいと言ったからな」

「そこまで言いなりなのに……っ。

 訳わかりませんけどっ!?」

「お前が怒るところじゃないだろう。

 別に一緒に居るだけでもいいんじゃないのか? 好きなら」

「まあ――
 そういう考え方は嫌いじゃないですけど」

「昔、家庭教師がそういう物の考え方だったんで、洗脳されたのかもしれないな」

「例の家庭教師の先生ですか?
 本当に変わった方だったんですね」

 そうだな、と珍しく衛は本気でおかしそうに笑っていた。 

 なんなんだ、と思いながらも、気づいていた。

 その家庭教師の話をするときだけ、衛の中にある張りつめた感じが消えていることに。

「……衛さん、もしかして、その先生のこと、お好きでした?」

 衛はその言葉に笑いを止める。

 ちょっとヤバイところに触れてしまったかもしれないと身構える。

 衛は間を置いたあとで、
「そんなことはない」
とだけ言った。

 車はまたあの川原の側を通っていて、今、言った台詞を後悔しながら、窓の外を見た。

「さっきの話なんですけど。
 誰にでも疑いは抱けるっていう。

 貴方でも、麻紀さんでも、貴方のお母様でも、要先生でも」

「要?」

「要先生があづささんを好きだったってことはないですか?」

「ないな」

「即答ですね。
 先生と同じですね」

「あれがあづさを好きというのはないな。

 だが――」
と彼はそこで言葉を止める。

「何か根拠はあるのか。
 この間もおかしなことを言っていたが」

「いえ、別に。
 ところで、兼平さんは、どうお考えなんでしょうね」

「何かまだコソコソ調べてるらしいがな」

「コソコソって。
 警察ですから、私たちと違って、おおっぴらに調べてると思いますよ。

 ああ、そうだ。

 調べると言えば、もう一人、犯人の可能性がある人が居ますよね」

「誰だ?」

「貴方が雇っていた、流行さんの相棒の探偵さんです。

 あづささんがその方を殺そうとしたんですが、実は死んでなくて、復讐のために、あづささんを」

「お前……殴られるぞ」
と衛は溜息をつく。

「誰にですか?」

「いろいろとだ」
とだけ、衛は答えた。

 いつの間にか赤になっていた信号がまた変わったようだった。

 車は勢いよく走り出す。




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