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悪霊の棲む屋敷
白い人影
しおりを挟むそろそろ帰りたいなあ、と要と別れたあと、屋敷の廊下を歩いていた。
火のない暖炉のところに戻ると、衛はソファに座り、何かを読んでいた。
今日は本ではないようだった。
ちゃんと仕事してんだな、と思いながら、前に座り、黙って、彼を観察していた。
それにしても、綺麗な顔をしている。
男のくせに、無駄だろう、と思った。
私のこの頓狂な顔にその要素を少し分けて欲しい、と思ったのだが、そういえば、これは他人の顔だった。
私は私で、無礼千万だな、と思う。
だが、あづさがこの顔だったときには、あまり頓狂には見えなかったようだから、そう見えるのは自分のせいなのかもしれない。
もらした溜息に、ようやく気づいたように、衛はこちらを見る。
「居たのか」
「居ましたよ、結構長く」
肘掛けに頬杖をついたまま言うと、じゃあ、話しかけろよという顔で、衛はファイルを閉じた。
「決めたのか?
此処に来るかどうか」
「帰ります。
此処は落ち着かないので」
「また何か出たのか」
「家政婦さんと――」
「あれは生きている」
「わかってますよ」
衛の言葉が終わる前に言った。
「男の人を見ました。
年配の」
ファイルを置きかけた衛の手が止まる。
「何処で見た?」
「要先生の部屋の近くです。
奥の廊下を横切ってましたよ」
「生きてたか?」
「死んでたんじゃないですか?
要先生も何も言わなかったし」
「……要は霊は見えるぞ」
「えっ、そうなんですか!?
何も言わないから、水臭いっ」
そういうの水臭いって言うのか、という顔で衛はこちらを見ていた。
「ところで、お母様は、いつから意識がないんですか?」
「僕が高校生の頃からだな。
父親が死んで、しばらくしてからだ」
「お父様が亡くなられたショックで倒れられたんですか?」
と言うと、衛は吐き捨てるように言う。
「あれがそんな殊勝な人間か」
「知りませんよ。
首絞められたことしかないんですから」
「殊勝な人間がお前の首を絞めるのか?」
衛は少し迷うような素振りを見せてから言った。
「要の婚約者も、うちの親に罵られて出て行ったんだ」
「なんで、要先生の婚約者が?」
「要はうちの母親のお気に入りだったからな」
と意味深に笑う。
なんなんだろうなとその横顔を見ていた。
「じゃあ、送って行くから、少し待て」
「いいですよ。
忙しいんでしょう?」
とその手許を見た。
「大丈夫だ」
と立ち上がった衛に、
「あ、今日も行きます? ドラッグストア」
と言ってみたが、行かない、と返される。
「可愛くないなあ」
そう言うと、振り向いた衛は凄い形相で睨んできた。
……そこまで睨まずとも。
手を掴んで止めようとしたが、少し指先が触れただけで、衛は白い手の甲をぴくり、と震わせ、勝手に止まる。
「もしかして、衛さんて人に触られるの、嫌いなタイプですか?
潔癖性っぽいですもんね。
そういえば、あんまり指先も触れたことがないし」
「誰が潔癖性だ」
と言いながら、衛はさっさと先に行ってしまう。
「あ、もうっ。
ちょっと待って!
此処で一人にしないでくださいよーっ」
衛を追いかけて、屋敷を出た。
なんとなく顧みた暗い二階の角部屋の窓に白い人影が見えた気がしたが、霊だったのか、要だったのか。
だが、無意識のうちに頭を下げていた。
そのまま、衛を追って、駆け出す。
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