憑代の柩

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
24 / 68
悪霊の棲む屋敷

なにもない部屋

しおりを挟む
 

「先生、いらしてたんですか」

 要はこちらの手許を見、眉をひそめる。

「何を見てるんだ、趣味の悪い」

 そう言い、写真立てを取り上げると、衛と同じように伏せてしまう。

「……皆が伏せたら可哀想ですよ」

 そう言うと、要もまた何故か笑った。

「ところで、なにしに来た?」

「いや、衛さんが、こっちに住んだらどうかって」

「此処に?」

「それで、結婚式を強行するから、ドレスを作り直せって」 

 かなり話を端折って言ったせいか、要は眉をひそめる。

「やるのか。
 まあ、犯人をおびき出すにはいいだろうがな」

「衛さん、やらないと、あづささんに申し訳ないと言ってました。

 申し訳ないって表現が出るってことは、自分が原因だと思ってるんですかね?

 ところで、要先生が本当は計画の発案者だと訊きましたが」
と一気にまくしたてるように訊いた。

「お前のことか?
 ああ、俺は衛をなだめるために言っただけだったんだかな。

 まさか本当にやるとは思わなかった」

 厭じゃないのかな、死んだ女の顔をずっと見てるのは、と他人事のように呟いている。

「佐野あづさの顔が整形だった。

 或いは、別人だった疑いがあることはご存知ですか?」

「まあ、一応な」

「結婚、止めなかったんですか?」

「物好きな、とは思ったが」

「二人とも、私にその話をしなかったのは、何故ですか?

 犯人の手がかりになったかもしれないのに」

「さあ。
 なんでだろうな。

 今回のことに関しても、途中からは衛が主導権を握ってたんで、俺は知らん。

 衛が言うまま、整形しただけだ」

 やれやれ、と思う。

 しかし、その無責任さが要らしい気もした。

「ところで、先生は何故此処に?」

「俺は昔、此処に住んでたんだ。
 今でも部屋が残ってるんで、たまに来る」

「そうなんですか?」

「置ききれない書籍はこちらに置いてるからな。
 今では、遠くにある書庫みたいなもんだ」

「へー」
と後ろ手を組んで言うと、

「本当にどうでもよさそうだな」
と言われた。

 いや、どうでもいいと言うわけでもないけどな。

 他に言いようがないだろうに、と思っていると、要は、

「暇つぶしに見るか? 本」
と言い出した。

「え? いいんですか?」

「読みたいのがあったら、持って帰れ。
 部屋に鍵はかかってないから、適当に戻しておいてくれればいい」

 そのまま、要と並んで歩き出す。

 要の部屋は二階にあった。 

 何人家族だったのか知らないが、まあ、確かにこれだけ部屋があったら、人に貸すほど余っているだろうな、と思う。

 廊下を歩いていて、ふと足を止めた。

 うっすら戸が開いている部屋が気になったからだ。

 中から光がもれている。

 そのせいかもしれない。

 他の部屋には、人の気配というものがないから。

 立ち止まり、そこを見つめていると、要は、

「そこには何もないぞ」
と言う。

「え?」

 戻ってきて、彼はドアを開けてみせた。

 本当に中には何もなかった。

 カーテンさえない。

「なんですか、この部屋。
 使ってない部屋なんですか?」

 それにしても、家具のひとつも置いてありそうなんもんだが、と思った。

「何か此処で犯罪があって、中の物を全部運び出したとか」
と言ってみたが、

「おかしな本の読み過ぎだな」
と一蹴される。

「その手の本はないな。
 衛の方が持ってるだろう」 

 要は部屋の電気を消し、ドアをきっちりと閉めた。

 要の部屋に行くと、本当にそこは書庫のようだった。

 一応、ベッドとと机らしきものはあったが、後はみな、作りつけの本棚とスチールの本棚だった。

 その片隅にあったものに目が行く。

「あ、これ。
 あるじゃないですか、ミステリー」

 タイトルになんだか覚えがあった。

 昔読んだことがあるのかもれしない。

 二、三冊、同じ作家のものが連ねてある。

 要は笑って、その新書を手に取った。

「これは本じゃない」

「本じゃない?」

「羽衣だよ。
 もういらないが。

 読みたきゃ持っていけ」

 面白い羽衣ですね、と思ったが、あまり突っ込まない方がいいかと思い、黙っていた。

 だが、要はこちらが悟ったことをわかったように言う。

「もうちょっと色気のあるものを残していけばいいのにな」 

 恐らく、それらの本は、要の元婚約者の持ち物なのだろう。

 要はそれをこちらに投げて寄越す。

「いてっ」

 結構重かった。

「持って行け。
 あっても目障りだ」

「いらない羽衣なら、焼きゃいいじゃないですか」

「いらなきゃ焼きゃいいって。
 もう邪魔なら、爆破すればいい、みたいだな」

「なんですか、それ。
 やっぱり私が犯人だとでも?」

「さあな。
 それだけでいいか? 消すぞ」
と壁のスイッチのところに立っている。

「ああっ、もうっ。
 待ってくださいよっ」

 慌てて部屋を出た。

「真っ暗にはならないぞ。
 廊下の灯りがあるだろうが」

「そうなんですけど。
 この屋敷の中で暗いの、なんか厭なんですよ」

「衛の母親が化けて出そうだからか」
と笑う。

「化けてって――
 死んでないでしょうが」

 要に文句を言いながら、外に出たところで、家政婦らしい女にあった。

 年配のふっくらとした、見ているだけで、落ち着くような女だ。

 だが、彼女は、こちらを見て、表情を強張らせた。

 要は笑い、彼女に言う。

「あづさじゃないよ。
 これが噂のあづさの身代わりだ」

 家政婦はまだこちらを窺うようにしながら、ぺこりと頭を下げた。

 歳のいった家政婦で、しかも、この屋敷に雇われているのだから、すべてに行き届いている女だと思われるのに、その視線は客に対して随分不躾なように思えた。

「あの、初めまして」

 そう話しかけた瞬間、彼女は何故か涙を浮かべた。

「福田さんは、あづさと仲良かったから」
と要は言ったが、少し違和感を覚える。

 大学でのあづさの姿をした自分に対しての級友の態度からして、あづさはあまりフレンドリーな感じの女ではないと知れた。

 あまり訪れなかったという御剣家の家政婦と親しいというのは、奇妙な感じがしたのだ。

 そのことについて、要に訊く。

 普段なら空気を読んで黙っておくようなことも、あづさに関しては訊いておかねば、何が事件に繋がっているかわからない。

 ましてや、自分は今、あづさなのだ。

 何処に命を落とす種が転がっているとも限らないからだ。

 要は自分の話を聞くと、笑い、

「大学であづさがよく思われていないのは、入学してすぐ衛に猛アピールし始めからだ。

 みんな不文律みたいなのがあって、衛を遠くから取り巻く感じだったのにな。

 しかも、それであづさが衛を射止めてしまった。

 図々しい女の勝利と思われたんだろうな」

 だけど、福田さんにはそんなこと関係ないだろう?
と言う。

「ま、強引に押してきたからって、落ちるような男じゃないんだがな、衛は」

「そうですよね。
 だから、全然、そんな感じに見えなくても、衛さんは、あづささんが好きだったんですよね、ほんとは」

 要が彼をなだめるために、こんな計画を持ち出さなければならないほどに。

 自分の前では澄まし返っているが、事故直後、要の前ではとり乱していたのかもしれない。

 だが、要は、
「いや、それはどうだか」
と答える。

 相変わらず、なんだかわからんな、と思ったとき、ぞくっとするような気配を感じた。

 衛の母かと振り向いたが、廊下の向こうを年配の男が歩いて行くところだった。

 無意識のうちに、要の腕を掴んでいた。

 彼は黙ってこちらを見下ろしている――。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

彼女が真実を歌う時

傘福えにし
ミステリー
ーー若者に絶大な人気を誇る歌手の『ヒルイ』が失踪した。 新米刑事である若月日菜は『ヒルイ』と関わりのあった音楽療法士の九条凪とともに『ヒルイ』を見つけ出そうとする。 ヒルイの音楽に込められた謎を解き明かしていく中で日菜たちが見つけた真実とは。 愛、欲望、過去、そして真実が交差する新感覚音楽ヒューマンミステリー。 第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリーしております。

若月骨董店若旦那の事件簿~満開の櫻の下に立つ~

七瀬京
ミステリー
梅も終わりに近付いたある日、若月骨董店に一人の客が訪れた。 彼女は香住真理。 東京で一人暮らしをして居た娘が遺したアンティークを引き取って欲しいという。 その中の美しい小箱には、謎の物体があり、若月骨董店の若旦那、春宵は調査をすることに。 その夜、春宵の母校、聖ウルスラ女学館の同級生が春宵を訪ねてくる。 「君の悪いノートを手に入れたんだけど、なんだかわかる……?」 同時期に持ち込まれた二件の品物。 その背後におぞましい物語があることなど、この時、誰も知るものはいなかった……。

言霊の手記

かざみはら まなか
ミステリー
探偵は、中学一年生女子。 依頼人は、こっそりひっそりとSOSを出した女子中学生。 『ある公立中学校の校門前から中学一年生女子が消息をたった。 その中学校では、校門前に監視カメラをつける要望が生徒と保護者から相次いでいたが、周辺住民の反対で頓挫した。』 という旨が書いてある手記は。 私立中学校に通う中学一年生女子の大蔵奈美の手に渡った。 中学一年生の奈美は、同じく中学一年生の少女萃(すい)と透雲(とおも)と一緒に手記の謎を解き明かす。 人目を忍んで発信された、知らない中学校に通う女子中学生からのSOSだ。 奈美、萃、透雲は、助けを求めるSOSを出した女子中学生を助けると決めた。 奈美:私立中学校 萃:私立中学校 透雲:公立中学校 依頼人の女子中学生:公立中学校 中学一年生女子は、依頼人も探偵も、全員、別々の中学校に通っている。 それぞれ、家族関係で問題を抱えている。 手記にまつわる問題と中学一年生女子の家族の問題を軸に展開。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

戦憶の中の殺意

ブラックウォーター
ミステリー
 かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した  そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。  倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。  二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。  その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

処理中です...