憑代の柩

菱沼あゆ

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悪霊の棲む屋敷

なにもない部屋

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「先生、いらしてたんですか」

 要はこちらの手許を見、眉をひそめる。

「何を見てるんだ、趣味の悪い」

 そう言い、写真立てを取り上げると、衛と同じように伏せてしまう。

「……皆が伏せたら可哀想ですよ」

 そう言うと、要もまた何故か笑った。

「ところで、なにしに来た?」

「いや、衛さんが、こっちに住んだらどうかって」

「此処に?」

「それで、結婚式を強行するから、ドレスを作り直せって」 

 かなり話を端折って言ったせいか、要は眉をひそめる。

「やるのか。
 まあ、犯人をおびき出すにはいいだろうがな」

「衛さん、やらないと、あづささんに申し訳ないと言ってました。

 申し訳ないって表現が出るってことは、自分が原因だと思ってるんですかね?

 ところで、要先生が本当は計画の発案者だと訊きましたが」
と一気にまくしたてるように訊いた。

「お前のことか?
 ああ、俺は衛をなだめるために言っただけだったんだかな。

 まさか本当にやるとは思わなかった」

 厭じゃないのかな、死んだ女の顔をずっと見てるのは、と他人事のように呟いている。

「佐野あづさの顔が整形だった。

 或いは、別人だった疑いがあることはご存知ですか?」

「まあ、一応な」

「結婚、止めなかったんですか?」

「物好きな、とは思ったが」

「二人とも、私にその話をしなかったのは、何故ですか?

 犯人の手がかりになったかもしれないのに」

「さあ。
 なんでだろうな。

 今回のことに関しても、途中からは衛が主導権を握ってたんで、俺は知らん。

 衛が言うまま、整形しただけだ」

 やれやれ、と思う。

 しかし、その無責任さが要らしい気もした。

「ところで、先生は何故此処に?」

「俺は昔、此処に住んでたんだ。
 今でも部屋が残ってるんで、たまに来る」

「そうなんですか?」

「置ききれない書籍はこちらに置いてるからな。
 今では、遠くにある書庫みたいなもんだ」

「へー」
と後ろ手を組んで言うと、

「本当にどうでもよさそうだな」
と言われた。

 いや、どうでもいいと言うわけでもないけどな。

 他に言いようがないだろうに、と思っていると、要は、

「暇つぶしに見るか? 本」
と言い出した。

「え? いいんですか?」

「読みたいのがあったら、持って帰れ。
 部屋に鍵はかかってないから、適当に戻しておいてくれればいい」

 そのまま、要と並んで歩き出す。

 要の部屋は二階にあった。 

 何人家族だったのか知らないが、まあ、確かにこれだけ部屋があったら、人に貸すほど余っているだろうな、と思う。

 廊下を歩いていて、ふと足を止めた。

 うっすら戸が開いている部屋が気になったからだ。

 中から光がもれている。

 そのせいかもしれない。

 他の部屋には、人の気配というものがないから。

 立ち止まり、そこを見つめていると、要は、

「そこには何もないぞ」
と言う。

「え?」

 戻ってきて、彼はドアを開けてみせた。

 本当に中には何もなかった。

 カーテンさえない。

「なんですか、この部屋。
 使ってない部屋なんですか?」

 それにしても、家具のひとつも置いてありそうなんもんだが、と思った。

「何か此処で犯罪があって、中の物を全部運び出したとか」
と言ってみたが、

「おかしな本の読み過ぎだな」
と一蹴される。

「その手の本はないな。
 衛の方が持ってるだろう」 

 要は部屋の電気を消し、ドアをきっちりと閉めた。

 要の部屋に行くと、本当にそこは書庫のようだった。

 一応、ベッドとと机らしきものはあったが、後はみな、作りつけの本棚とスチールの本棚だった。

 その片隅にあったものに目が行く。

「あ、これ。
 あるじゃないですか、ミステリー」

 タイトルになんだか覚えがあった。

 昔読んだことがあるのかもれしない。

 二、三冊、同じ作家のものが連ねてある。

 要は笑って、その新書を手に取った。

「これは本じゃない」

「本じゃない?」

「羽衣だよ。
 もういらないが。

 読みたきゃ持っていけ」

 面白い羽衣ですね、と思ったが、あまり突っ込まない方がいいかと思い、黙っていた。

 だが、要はこちらが悟ったことをわかったように言う。

「もうちょっと色気のあるものを残していけばいいのにな」 

 恐らく、それらの本は、要の元婚約者の持ち物なのだろう。

 要はそれをこちらに投げて寄越す。

「いてっ」

 結構重かった。

「持って行け。
 あっても目障りだ」

「いらない羽衣なら、焼きゃいいじゃないですか」

「いらなきゃ焼きゃいいって。
 もう邪魔なら、爆破すればいい、みたいだな」

「なんですか、それ。
 やっぱり私が犯人だとでも?」

「さあな。
 それだけでいいか? 消すぞ」
と壁のスイッチのところに立っている。

「ああっ、もうっ。
 待ってくださいよっ」

 慌てて部屋を出た。

「真っ暗にはならないぞ。
 廊下の灯りがあるだろうが」

「そうなんですけど。
 この屋敷の中で暗いの、なんか厭なんですよ」

「衛の母親が化けて出そうだからか」
と笑う。

「化けてって――
 死んでないでしょうが」

 要に文句を言いながら、外に出たところで、家政婦らしい女にあった。

 年配のふっくらとした、見ているだけで、落ち着くような女だ。

 だが、彼女は、こちらを見て、表情を強張らせた。

 要は笑い、彼女に言う。

「あづさじゃないよ。
 これが噂のあづさの身代わりだ」

 家政婦はまだこちらを窺うようにしながら、ぺこりと頭を下げた。

 歳のいった家政婦で、しかも、この屋敷に雇われているのだから、すべてに行き届いている女だと思われるのに、その視線は客に対して随分不躾なように思えた。

「あの、初めまして」

 そう話しかけた瞬間、彼女は何故か涙を浮かべた。

「福田さんは、あづさと仲良かったから」
と要は言ったが、少し違和感を覚える。

 大学でのあづさの姿をした自分に対しての級友の態度からして、あづさはあまりフレンドリーな感じの女ではないと知れた。

 あまり訪れなかったという御剣家の家政婦と親しいというのは、奇妙な感じがしたのだ。

 そのことについて、要に訊く。

 普段なら空気を読んで黙っておくようなことも、あづさに関しては訊いておかねば、何が事件に繋がっているかわからない。

 ましてや、自分は今、あづさなのだ。

 何処に命を落とす種が転がっているとも限らないからだ。

 要は自分の話を聞くと、笑い、

「大学であづさがよく思われていないのは、入学してすぐ衛に猛アピールし始めからだ。

 みんな不文律みたいなのがあって、衛を遠くから取り巻く感じだったのにな。

 しかも、それであづさが衛を射止めてしまった。

 図々しい女の勝利と思われたんだろうな」

 だけど、福田さんにはそんなこと関係ないだろう?
と言う。

「ま、強引に押してきたからって、落ちるような男じゃないんだがな、衛は」

「そうですよね。
 だから、全然、そんな感じに見えなくても、衛さんは、あづささんが好きだったんですよね、ほんとは」

 要が彼をなだめるために、こんな計画を持ち出さなければならないほどに。

 自分の前では澄まし返っているが、事故直後、要の前ではとり乱していたのかもしれない。

 だが、要は、
「いや、それはどうだか」
と答える。

 相変わらず、なんだかわからんな、と思ったとき、ぞくっとするような気配を感じた。

 衛の母かと振り向いたが、廊下の向こうを年配の男が歩いて行くところだった。

 無意識のうちに、要の腕を掴んでいた。

 彼は黙ってこちらを見下ろしている――。


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