憑代の柩

菱沼あゆ

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悪霊の棲む屋敷

御剣邸

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 頑丈そうな門と塀をくぐり抜け、暗闇に浮かび立つその屋敷を見上げたとき、私は反射的に腕をさすっていた。

 なんだか背筋が寒い。

「な、なんか居ませんか? 此処」

「居るかもな。
 俺には見えないから関係ないが」
と言い、衛はさっさと歩いていってしまう。

「い、いやいや、ちょっと待ってくださいよー」
と追いかけた。


 中に入ってみたが、やはり、何かこう、重苦しい屋敷だ。 

 息が詰まりそうだ、と思う。

 洒脱な造りと家具で、煌びやか過ぎず、重厚過ぎず、実にいい感じなのだが、何か落ち着かない。

「気に入れば、こっちで寝泊まりしろ。
 部屋はすぐに用意させる」
と言われても、

「どうですかねえ」
と腕をさするしかなかった。

「ま、あっちに居ても、夜な夜な首を絞められるので」

「まだ絞められてたのか」

 物好きな、という目で衛は見る。

「いや、あの。
 別に好きで絞められてるわけじゃないんですけど」
と言いかけて、その言葉を止めた。 

 火のついていない暖炉の前に行く。

 その上にある写真を指差した。

「あれ?
 たぶん、この美人です。

 私の首を絞めてたの」

 衛はなんの感慨もなさそうな口調で、
「母だ」
と言う。

「……ですよね」

 そっくりですもんね。

 この間、目が合ったときから、そんな気はしてました、と力なく言った。

「私の首を絞めている張本人のお住まいなわけですよね、此処」

「住んでない。
 此処には居ないから」

「どうしてです?」

 入院してるんだ、と言い、衛は上着をソファに投げた。

「そうなんですか」

 何故入院しているのかとか訊いても悪いかと思い、訊かなかった。

 だが、あのとき、衛が見舞いに来たと言ったのは、母親のことだったのかな、と思う。

「でも、此処に想いは残っていますよね」

 首を絞めているのが、衛の母なら、彼女は、自分の滞在を快く思わないだろう、と思った。

 じゃあ、やっぱり―― と言葉を繋ぐ。

「お母様は、あづささんの首を絞めてるんですかね?」

「どうして?」

 いやあ、と己れで言っておいて、首を捻る。

「可愛い息子をとろうとしてる嫁だから?」

 我ながら、半信半疑の口調で言うと、

「だったら、この世の姑全部が殺人鬼ってことになるだろ。
 まあ、やりかねない人だが」
と言いながら、衛はソファに腰を下ろした。

「教会の爆破も実は、母が犯人かもと思っていたんだが。

 病院に行ったら、本当に意識のないままだったからな」

「え?」

「動機はあっても、あの人に、そんな真似は出来ないんだ。

 たいした異常もないのに、植物状態でな。

 要も首を傾げている」

「要先生が診てらっしゃるんですか?」

「お前が居た、あの病棟に居るからな」

「……失礼ですが。

 すべての可能性を潰すために言わせていただきますが。

 植物状態ってのは、ほんとなんですか?

 動けなくても、爆弾を仕掛けることは出来ますよね。

 指示することは出来るから」

「意識がないというのは、嘘だと?

 こういうときのために、自分が疑われないよう植物状態のふりをしたり――

 なんてほど、頭は回らないぞ、うちの親は」

「貴方の親御さんなのにですか?」

「そう接点のある親子じゃなかったんでね。

 それに別に僕もそう回転はよくない」

「そんなことないと思いますよ。

 第一、頭のよくない坊ちゃんに、誰もついて行かないと思います。

 余程の人格者なら別ですが」

「お前、それは遠回しに、僕が人格者ではないと言っているな」

「余程のって言ったじゃないですか~」
と微妙に認めながら答えると、

「ま、母親が犯人の場合は、要もグルだな」
と言う。

 そりゃ、主治医なんだから、そうなるか、と思いながら、

「要先生は、貴方よりお母様サイドに付きそうな方なんですか?」
と訊いた。

 衛は答えない。

「だったら、そもそも、なんで貴方の計画に協力したんでしょうね」

「僕の計画?」

「私の顔を整形して、あづささんを殺した犯人を捜す計画ですよ。

 貴方の気を逸らすためですか?」

「それはあるかもな。
 だが、確かに最終的に決断したのは僕だが、その話、持って来たのは、要だぞ」

「え?」

「要が顔のなくなった女の店員を利用しようと言い出したんだ」

「要先生がですか? なんでまた」

「僕は要が犯人を捕まえたいからかと思ってたんだが」

「あづささんを殺した犯人をですか?」

 要先生がどうして、そこまでして、と思ったが、なんとなく訊きづらい雰囲気だった。

 衛は何事か考え込んでしまっている。

 それにしても、要先生、私には衛さんの計画だと言ってたのにな、と思う。

「まあ、このまま動きがないのなら、考えはあるんだが」
「どんな?」

「お前と結婚する」
「は?」

「式をやってもおかしくない程度に教会を修復させている。
 天井は間に合わないかもしれないが」

 振り返り衛は言った。

 式をやるんだ、と。

「予定通りに決行する。
 あのときと同じ場所で」

「犯人をおびき出すつもりですか」

 衛と結婚することがあづさが狙われた原因だったのなら、そのとき、いや、それまでに何事か起こるかもしれない。

「あづさの着る予定だったドレスはもうないから、お前、新しいのを作ってこい」

「そうですか。
 偽の結婚式に用意するのは、なんかもったいないような。

 まあ、ドレス残ってても着れないですけどね」

「なんでだ?」

 いや、なんでだって。

「だって、あづささんが好きな人との式に着るつもりだったドレスでしょう?

 袖を通すのは抵抗ありますよ」

 何故か感情が籠ってしまったが、衛は鼻で嗤う。

 その顔を見ながら、

「あの~、ほんとにあづささんのこと、好きだったんですよね?」
と訊いてしまっていた。

「好きとか嫌いとか、そんなことは知らないが。

 あづさのために犯人を見つけたいのは本当だ。

 申し訳ないからな」

 申し訳ない?

「ドレスは急いで作れ。

 金は幾らかかっても構わんが、時間があまりないことだけは忘れるな」

 そう言い、衛は出て行ってしまった。

 申し訳ないってなんだろう。

 っていうか、あの人、ほんとにあづささんのことを好きだったのかな。

 まあ、あまり感情を表に出さない人だから、それでそう感じるだけなのかもしれないけど。

 そんなことを思いながら、あの伏せられた写真立てを起こした。

 なんだかこのままでは、可哀想な気がしたからだ。 

 何があったか知らないが、衛は親を疎んでいたようだ。

 だが、腹を痛めて産んだ子にないがしろにされては、親として辛いだろうと思ったのだ。

 写真の中の女性は、本当に衛に似ていた。

 この美貌を受け継いで得したこともあるだろうに、あんなに邪険にしなくても。

 写真立ての中の彼女は微笑んでいたが、ずっと見つめているうちに、それが悪鬼のような表情に変わって見えた。

 うわっ、と手を離しそうになり、なんとか堪える。

「おい」
という声がして、振り向くと、よろけた自分を要が支えていた。


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