22 / 68
探偵
調査内容
しおりを挟む食事のあと、お湯の沸く音を聞きながら、ベッドに転がり、流行から渡されたあづさの経歴を眺めていた。
チャイムが鳴り、それをベッドの上に伏せて、起き上がる。
「はーいはいはいはい」
と相も変わらず適当な返事をしながら、ドアを開けたが、誰も居ない。
蛍光灯の灯りの下、ぽつぽつとドアの前にだけ水たまりが見えた。
ノブを掴んだまま、辺りを見回してみたが、その水滴は何処からも続いてはいなかった。
うーん、と一節うなり、ドアを閉めた。
魚眼レンズから、そうっと覗いてみるが、やはり、誰の姿も見えない。
廊下の向こうの手すりと、その先の住宅が闇の中に見えるだけだ。
だが、突然、足音が聞こえて来た。
階段を上がって来る、少しせかせかしたような足音。
体重はぼちぼち軽そうだ。
コンクリートの廊下に軽く響く。
その足音は部屋の前で止まった。
私はチャイムが鳴る前に開けていた。
少し寒そうにして立つ衛は、いきなり開いたことに驚いた顔をしたが、すぐに、威嚇するように怒鳴ってきた。
「だから、いきなり開けるな!」
「もったいぶらなくても、どうせ、貴方、鍵持ってるじゃないですか」
「僕以外の奴が来たときのことを言ってるんだ」
「はいはい。
ご心配どうもありがとうございます。
ちゃんと確認して開けましたって。
足音でですけど」
「足音?」
「靴の感じからして、女ではなく、男にしては体重が軽そうで、ちょっと急いてる感じの足音」
と言うと、
「お前は探偵か」
と言われた。
その言葉に、あの探偵らしくない探偵を思い出し、笑ってしまう。
どうぞ、と少し身を引き、中を示すと、衛は上がってきながら、
「それと――
簡単に男を中に入れるなよ」
と言う。
貴方は男じゃないんですかね? と思った。
先に奥の部屋に入りながら、
「犯人現れないですねえ。
もう死んでるんじゃないですか?」
と言ってみる。
適当な発言だったが、衛は何故か考え込んだ。
「衛さん、実は犯人に心当たりでも?」
と言ってみたが、
「――いや」
と言う。
まあ、この男の本心など、誰にも読めないか、と溜息をついてから言った。
「お茶飲みますか?
それとも、ご飯でも?
近くの商店街で訊いて、やっといい醤油が手に入ったんですよ」
と台所に向かう。
戻ってくると、衛はベッドに座り、あの資料を見ていた。
「あ、すみません。
でも、貴方もご存知の内容かと思いまして」
「どうしてだ?」
「それ、某探偵さんからいただいたんです。
私がさっき会ってた人ですよ。
その報告は受けてるんでしょう?」
脚を組んだ衛は、こちらを見上げている。
「この資料の内容は貴方の耳には入ってますよね?
これ調べた人より有能な人が、同じことを調べていたようですから」
結婚を邪魔するために親族が調べさせたのなら、このあづさに不利な内容は衛の許に届いているはずだ。
いや、そもそも、このくらいのこと、御剣家の嫁になろうという女のことだから、最初から調べてあったに違いないのだが。
衛は、ぱらぱらとめくった資料を突っ込むと、袋ごとこちらに投げて寄越す。
「確かに知っている。
あの探偵は使えたが、相方は無能だな」
その言葉に悟った。
「あづさのことを調べさせてたのは貴方だったんですか」
消えた探偵を雇っていたのは、衛自身だったのか。
しかし、その探偵は優秀すぎ、真実に近づき過ぎたために、消された。
あるいは、姿を消すはめになったということか?
相方を無能だと言ったのは、簡単に私に正体を知られ、すべてを話してしまったからだろう。
「なんだ?」
とこちらを見る。
衛はまた腕を組み、鷹揚にこちらを見下ろして言う。
「当たり前だろう?
自分と結婚する女のことを調べさせるのは」
「まあ、貴方の立場なら。
でも、普通は本人じゃなくて、親兄弟が勝手に調べるものなんじゃないですかね?」
別に責めてはいませんよ、と言いながら、持ったままだったお茶をお盆ごと彼の前の小さなテーブルに置いた。
テーブルは大きい方がいいなと思う。
小さいと一人で食べる寂しい食事を思い浮かべてしまうから。
「随分、胡散臭い結果が出てますが、それでも結婚しようと思ったのは何故ですか?」
「好きだから――」
という言葉にどきりとする。
「という極普通の結論には辿り着かんのか、お前は」
「どうも私、そういうことには疎くて」
と言うと、
「だろうな」
と返される。
何がだろうなだ。
何を根拠に。
しかし、どうも、この結婚何かあったっぽいな、と思う。
窓ガラスに映る顔を見ながら言った。
「この顔、結局、誰の顔なんですか?」
衛は無言でこちらを見る。
「もし、佐野あづさが別人ではなく、整形だった場合の話ですが」
「さあな。
そういうのが僕の好みだとでも思ったんじゃないのか?」
衛の答えはあくまでも素っ気ない。
「要先生の好みではあるようですよ」
「なんでだ?」
「いや、なんとなく」
「要がお前に何か言ったのか?」
「いいえ。
そういうわけではありませんが。
でもまあ、佐野あづさの元の顔の方が美人ですよね」
「そこまで卑下する必要はあるまい」
いや、卑下って……。
「まあ、どうでもいいですよ。
もともと私の顔じゃないんですから」
何度も繰り返した台詞をまた繰り返す。
なんだか自分でも、だんだん負け惜しみのような気がしてきていた。
意識を取り戻してから、この顔しか自分の顔として認識していないのだから、もうこれが己れの顔のようなものだ。
事件がすべて解決して、いきなり元の顔に戻れと言われても困るな、と思ったとき、衛が、
「ところで、うちに来るか?」
と言い出した。
「どうしたんですか? 突然」
「本格的に身辺が怪しくなってきたからだ。
ああは言ったが、本当に殺されたら、さすがに寝覚めが悪い」
「一貧乏人の死など、寝覚めが悪い程度なんですねえ」
部屋が狭いので、玄関が近い。
帰ると言った衛はもう靴を履きながら、
「別に僕も権力者なりたかったわけじゃない」
と言う。
その背に向かい、今なら、ぶっすりやれそうだなと思いながら訊いた。
「じゃあ、なんで、なみいる後見人候補を押しのけて、ご自身で上に立たれたんですか?」
衛はすっくと立ち上がり、こちらを見据えて言った。
「一族の中で、一番の権力者になるためだ」
なんか矛盾しているような、と思ったが、その真摯な瞳に茶化す気分にはなれなかった。
衛はほんぽんとこちらの頭を叩き、上の方から見下ろして、何故かにやりと嗤う。
「さ、行くか」
と背を向けた。
なんだろう。
この勝ち誇った顔、と思いながら言った。
「ちょっと待ってくださいよ。
一応、支度ってものがあるんですよ。
お湯もかけっぱなしだし。
って、ちょっと……
人の話を聞け、こらーっ!」
2
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

彼女が真実を歌う時
傘福えにし
ミステリー
ーー若者に絶大な人気を誇る歌手の『ヒルイ』が失踪した。
新米刑事である若月日菜は『ヒルイ』と関わりのあった音楽療法士の九条凪とともに『ヒルイ』を見つけ出そうとする。
ヒルイの音楽に込められた謎を解き明かしていく中で日菜たちが見つけた真実とは。
愛、欲望、過去、そして真実が交差する新感覚音楽ヒューマンミステリー。
第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリーしております。
若月骨董店若旦那の事件簿~満開の櫻の下に立つ~
七瀬京
ミステリー
梅も終わりに近付いたある日、若月骨董店に一人の客が訪れた。
彼女は香住真理。
東京で一人暮らしをして居た娘が遺したアンティークを引き取って欲しいという。
その中の美しい小箱には、謎の物体があり、若月骨董店の若旦那、春宵は調査をすることに。
その夜、春宵の母校、聖ウルスラ女学館の同級生が春宵を訪ねてくる。
「君の悪いノートを手に入れたんだけど、なんだかわかる……?」
同時期に持ち込まれた二件の品物。
その背後におぞましい物語があることなど、この時、誰も知るものはいなかった……。

言霊の手記
かざみはら まなか
ミステリー
探偵は、中学一年生女子。
依頼人は、こっそりひっそりとSOSを出した女子中学生。
『ある公立中学校の校門前から中学一年生女子が消息をたった。
その中学校では、校門前に監視カメラをつける要望が生徒と保護者から相次いでいたが、周辺住民の反対で頓挫した。』
という旨が書いてある手記は。
私立中学校に通う中学一年生女子の大蔵奈美の手に渡った。
中学一年生の奈美は、同じく中学一年生の少女萃(すい)と透雲(とおも)と一緒に手記の謎を解き明かす。
人目を忍んで発信された、知らない中学校に通う女子中学生からのSOSだ。
奈美、萃、透雲は、助けを求めるSOSを出した女子中学生を助けると決めた。
奈美:私立中学校
萃:私立中学校
透雲:公立中学校
依頼人の女子中学生:公立中学校
中学一年生女子は、依頼人も探偵も、全員、別々の中学校に通っている。
それぞれ、家族関係で問題を抱えている。
手記にまつわる問題と中学一年生女子の家族の問題を軸に展開。

それは奇妙な町でした
ねこしゃけ日和
ミステリー
売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。
バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。
猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

戦憶の中の殺意
ブラックウォーター
ミステリー
かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した
そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。
倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。
二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。
その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる