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探偵
探偵は語る
しおりを挟む流行は、
「これ見てください」
と言いながら、分厚い手帳から写真を出してくる。
「これが佐野あづさの中学時代です」
「――美人」
そこには、今のこの顔とは、似ても似つかぬ、シャープで小顔な美人が制服を着て写っていた。
「……別人説が有力かしらね。
この美人がこの顔に整形する意味がわからない」
と頬に手をやり言うと、
「ああ、いえ。
充分、可愛らしいと思いますよ」
と言ってくれる。
「フォローはいいです。
もうお気づきでしょうが、私、佐野あづさじゃないんです。
あづさは教会で爆死しました。
私は犯人を誘き出すために、整形させられた、ただの花屋の店員なんですよ」
「それは……」
と流行は言葉につまったあとで、
「大変でしたね」
と言う。
そこでまた同じ疑問が頭をもたげる。
自分の地位をかけてまで、あづさを殺した犯人を見つけようとしているのに。
あづさに対する衛のあのクールさはなんなのだろう。
まあ、他に言いようはないだろうな、と思いながら、紅茶に口をつけた。
「しかし、死んだ人間をすり替えるなんて、また思い切ったことをしましたね。
バレたら、御剣の総帥といえど、ただでは済まないでしょうにね」
「そうですね。
病院ぐるみだからできたことでしょうけど」
そこでまた同じ疑問が頭をもたげる。
自分の地位をかけてまで、あづさを殺した犯人を見つけようとしているのに、あづさに対する衛のあのクールさはなんなのだろう。
「別人があづさになりすましていた。
だとするなら、本物のあづさは何処に行ったんでしょうね」
「何処行ったと思います?」
「私なら、殺しときますけど?」
と言うと、探偵は、ひっ、と息をつめる。
「ああ、私ならって、私が犯人の立場なら、そのくらい周到にするという意味で。
私がその立場だったら、そこまでするという意味ではありませんよ」
「その二つの違いがよくわからないんですけど~」
と探偵は己れの手を握り合わせ、前屈みに呟いている。
めんどくさいので、彼は置いておいて、自分の思考の行き着く先にだけ、神経を向ける。
「あづさ本人がこの顔に整形したとするのなら、それは何故かってことですよね。
この顔、誰の顔なんですかね?」
探偵は困った顔をした。
「同僚の調査はそこで終わってるんですよ」
「その先は調べてないんですか?」
と言うと、流行は、ちょっとだけ、と言ったあとで黙り込んだ。
その目を見て嗤う。
「怖いですか?」
彼の相棒はあづさの件を調べていて、失踪した。
殺されたのかもしれないと彼は考えているようだった。
流行はテーブルに肘をつき、両の手で顔を覆ったあと、はあーっと深い息を吐き出した。
「いや。
もし、殺されたのだとしたら、犯人は、佐野あづさだと思います。
そのあづさがもう死んでいるのなら。
何も恐れることはないはずです。
でも――」
何か気になるんです、と男は言った。
そのつむじを見ながら、この人も髪、やわらかそうだなと思う。
だけど、衛のように、つつきたくはならなかった。
「大丈夫ですよ」
と流行に向かって言った。
「貴方はきっと死なないです。
こう、天性の勘みたいなのがありそうだから。
ヤバいものに近づくとわかるみたいな」
と言うと、彼は組んだ指の間から、上目遣いにこちらを見て言う。
「……責められているように聞こえます」
「どうして?」
「僕はあいつが、何か危険なものに手を出しているのを感じていた。
それなのに、止めもせず、手も貸さなかった。
相手が手伝ってくれというまで、手を出さないルールではあったけど。
それでも、そんな決まり事、破ってでも、手を貸していたら」
「一緒に殺されていたと思いますよ」
と一蹴すると、
「……そうですかね」
と情けなげな声で言う。
「いや、まあ、貴方の相棒の方だって、死んだとは限らないじゃないですか。
何処かに身を隠しているだけかもしれませんよ。
それより、貴方がおかしいと感じたのは、ただの勘ですか?
何か気になることがあって、それを無意識のうちに、ヤバイものとして、察知したとか言うわけじゃないんですか?」
「いや、まあ。
無意識なんでわかりません」
と情けないことを言う。
まあ、そうか、と思いながら、頬杖をついて、外を見た。
人の行き交う歩道を見ながら、
「あ、醤油買いに行くんだった」
と呟く。
「私、この辺詳しくないんですけど。
此処らで美味しいお醤油って、なんですか?」
「おうち、この辺じゃなかったんですか?」
「どうなんでしょう?
見に行ったことないんですけど」
と言いながら、立ち上がる。
「え?」
「私も吹き飛ばされたショックで記憶がないんです。
新聞で昨日、初めて自分の顔を見ましたよ」
まるで他人のそれみたいでしたねえ、と顎に手をやり、呟く。
「そうですか。
あの――
ああ、あづささんじゃないんですよね。
なんてお名前でしたっけ?」
と事件の資料を捜そうとする。
死亡した花屋の店員の名前を見つけたいようだった。
無能……。
「いいですよ。
もういらない名前ですから。
戻れる保証もありませんしね」
すべての秘密を知る自分を衛は解放するだろうか。
かと言って、婚約者として、彼の側に留まれるわけもない。
自分は所詮、ニセモノなのだし。
まあ、留まりたいわけでもないが、花屋はもう雇ってはくれまいな、と伝票を取ると、流行は、あ、僕が、と言う。
「いいです。
御剣から、ぼちぼちお金貰ってますから。
まあ、この命を危険に晒して、顔まで変えて協力してるわけですから、そのくらいは――」
流行はこちら見、何事か考えているようだった。
「待ってください。これを」
とA4サイズの大きな茶封筒を渡される。
それを見下ろし、
「……持ってても死なないですか?」
と言うと、
「無能な僕が調べた程度のことしか書いてないですから」
と笑ってみせる。
先に外に出ると、背後に視線を走らせてみる。
噂の御剣のボディガードというのは何処に居るのか。
その気配さえ、感じさせない。
まあ、プロなら当たり前か、と思ったあとで、
……流行さん、頑張って、と思った。
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