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偽りの婚約者
事件が解決したら――
しおりを挟む「普段なにしてるんですか? 暇なんですね」
「暇なわけないだろう。
用があったから来たんだ」
「なんの用なんですか?」
と問うと、衛はお前に関係ないだろうという顔をする。
「訊きたいわけじゃないんですが、会話に詰まると嫌なので」
そう言うと、
「……見舞いだ」
と素っ気なく言う。
その口調に、とても続きはなさそうだ、と思い、ロビーの方を見た。
なんだか見知った影がよぎった気がしたからだ。
「どうかしたのか?」
ああ、いえいえ、と視線をそこから逸らしながら言った。
「要先生は、口が悪いですね」
「何かあいつに言われたか?」
「言われたわけじゃないです。あと、先生はカルト信者ですか?」
衛は眉をひそめ、
「そんな話は聞いたこともないが」
と言う。
「どうした。
自分は実は死んでて、要が蘇らせたとでも」
そう言い、衛は笑いかけたが、その笑いを止めた。
「要先生はそんな奇跡の手を持つ男なんですか?」
「あいつの専門は整形だ。
ま、なんでも小器用にはこなすがな。
望んで僻地に勤務してたこともある物好きなんで、専門外のことも大体できるようだ」
「そうなんですか」
そんなボランティア精神があったとは意外だ、と思っていた。
「要先生、ずっと手許でこちらに対する悪口と、呪文っぽいものを書いてたんですよね」
「お前に見える位置で書くとは間抜けだな」
「いや、隠してはいましたよ。
ドイツ語だったし、カルテの一部に見えないこともなかったかな」
なんとなく流れで乗っていた衛の車の向かう方角がアパートとは違う気がして訊いてみる。
「どこに行くんですか?」
だが、衛は何も言わない。
「それにしても、衛さんが運転するの不思議な感じですよ」
後ろでふんぞり返ってそうだと思ったのだ。
すると、衛はこの上なく厭そうな顔をする。
「お前は僕を何も出来ないお坊ちゃんだと思ってるだろう」
「そんなこと思ってませんよ。
だって、会社取り仕切ってるんでしょ。
凄いじゃないですか」
「それぞれ任せる人間をうまく選んでるだけだ。
僕が全部仕切ってるわけじゃない」
「それは凄い才能だと思いますよ。
結局、みんな衛さんに付いてってるわけだし。
意外と人望もあるんですね」
明るい初夏の道を見ながら、そう微笑んだ。
衛はいつものようにすぐ言い返して来るかと思ったが、黙っている。
表情が読めないから恐ろしいんだって、と苦笑いした。
川の側をぐるっと走って、結局、いつもの道に戻る。
「そろそろ大学の時間か?」
「いえ、もうちょっと。
あのー、もし、時間があるなら、この間行ったドラッグストア、行きませんか?」
「……何をしに?」
「ちょっと買い足したいものがあるのと、
――好きなんです、ぶらぶら見るのが」
と笑ったが、衛は何も答えなかった。
ちぇっと思いかけたが、車はこの間二人で行った店へと向かっているようだった。
その白い横顔を見て笑う。
「衛さんも好きなんでしょう? あそこ」
「親切だ」
「そうですか?」
少しの間の後、前を見たまま、衛は言った。
「衛でいい」
「はい?」
「お前は僕の婚約者だ。
衛でいい」
「あー、そうですか。
はいはい」
と言うと、衛は顔をしかめる。
「……お前が言うと、いちいち軽いな」
「ご不満ですか?」
と訊いたら、いや、と答える。
ぽかぽかとした陽気。
見ると、衛は車に外気を取り入れるようにしていた。
なんだか心地よく、眠くなる。
衛と一緒に居るのは、不思議に落ち着いた。
こんなイライラカリカリした人なのにな、と思いながら、うとうととする。
夢の中、自分はさっき見た川原に居た。
何故か衛と並んで座っていて、自分は空を指差し、衛に何か言っていた。
衛が顔をしかめて見せる。
私は笑っていた。
やがて、衛も笑う。
少し気恥ずかしそうに。
平和な夢だ。
そんな穏やかな夢が現実になる日は来ない気がするが。
この事件が解決したら、私は佐野あづさでも、彼の婚約者でもなくなるのだから。
しかし、五億四千万か。
口止め料かな?
半端な金額だけど、株か何かで儲けたいらない金なのかな、と思った。
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