憑代の柩

菱沼あゆ

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偽りの婚約者

あづさの謎

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 スーパーで買って来たお惣菜を並べるのを、衛は物珍しそうに見ていた。

「ほらほら。
 世の中にはこんな便利なものがあるんですよ~」
と言うと、

「あったのは知ってる」
と衛は少し怒ったように言う。

「しかし、食べたことはない」

 そりゃそうかもな、と思った。

「それはそれで、寂しい人生な気がしますね」

 衛は、ふっと笑い、

「負け惜しみか」
と言った。

「そうですかね。
 貴方自身が、物質的に満たされた生活に満足しているようには見えませんが」

 衛が黙る。

 ああ、言わない方がよかったか。

 せっかくの和やかな夕食が、と思いながら、話題を切り替えた。

「今日一日、大学をうろついてみたんですけどね。

 ひとつ、わかったことがありますよ」
と朝炊いておいたご飯を彼の前に置く。

「麻紀さんは犯人ではありません」

「それはわかってる」
 衛は軽くそう流す。

「麻紀はそんなことはしない」

「信頼されてるんですね」

「いや、あいつはそんな得にならないことはしないと言ってるんだ」

「そう考えるのもまた信頼ですよ。

 美味しいですね。
 この麻婆豆腐、あんまり辛くなくて」
と言うと、お前は呑気だなという顔をする。

「で?」
「はい?」

「あづさじゃないと、バレなかったのか?」

「ええ。
 麻紀さん以外には。

 だって、誰とも口きかなかったので」

「あづさは同性には嫌われていたようだからな」

「やっぱり、あれ、貴方のせいですかね?」

「さあな。
 あまり友人とつるむようなタイプではなかったようだから」

「くだらないおしゃべりをする時間こそ、女にとっては至福のときなんですけどね」
と答えながら、婚約者に対するコメントとしては、相変わらず他人行儀だなと思ってた。

「でも、おかしいです」

 食べ終わったパックを重ねながら言うと、衛は、ん? という顔でこちらを見た。

「普通、どんなに性格の悪い人でも、それなりの友人は居ます。

 でも、あづささんには、そういう付き合いもないようでした。

 結婚式にご友人は誰か招待するようになっていましたか?」

「いや。
 誰も呼ぶつもりもなかったから」

 親族も、と衛は言う。

 どうやら、式のことも、前撮りのことも親族には内緒にしていたようだった。

 まあ、一族の反対に遭うのは目に見えていたからだろうが、それは、御剣の跡継ぎにしては、随分と寂しい式に思えた。

 あづさとの結婚に対する衛のなみなみならぬ決意が窺える。

「来て、要くらいかな」

「要先生のことは、やはり信頼されてるんですね」
と言うと、どうだかな、と嗤う。

 ……わからんな、此処の友人関係も、と思いながら、パックを台所に持って行った。

 後ろから衛が訊いてくる。

「それで?」

 パックの汚れを水で流しながら、
「はい?」
と『それで』の意味がわからず、訊き返した。

「いや、お前があづさに友人が居ないのをおかしいと思う理由だよ」

「衛さん、お友達はいらっしゃいますか?

 ああ、兼平さんとか、居ますよね」
と言うと、そう答えたくはなさそうだったが、

「まあ、それなりに」
と言う。

「そうでしょう。
 貴方のような人でも」
と言うと、どういう意味だ、と睨まれた。

「なのに、あづささんには、ちょっとお話をするようなご友人もまったく居ない。

 おかしいです。

 あづささんは、周りの人間とわざと距離を置かれていたのではないですか?」

 台拭きを手に戻ったとき見た衛の顔は、わずかに強張って見えた。

 彼の前を拭きながら言う。

「何かお心当たりでも?」
と訊いてみたが、

「……いや」
と言う。

 溜息をついて、言った。

「なんでも話してくださらないと困ります。

 こっちも命かかってますし。

 何が事件の原因になっているかわからないじゃないですか」

 だが、衛はそれ以上、口を割るつもりはないようだった。

 まったく、困ったお坊ちゃんだ、と思いながら訊いた。

「ご友人を式に呼ばれなかったのは何故ですか?

 それなりの友人は居ると言ったときの貴方の顔、いつもより柔らかく見えました。

 きっと本当はいいお友達も居るんでしょう。

 兼平さんとか」

「なんで、あれの名前ばかり出す」
と言ったときの少し照れくさそうな顔を見て、あれ? やっぱり、彼とは仲がいいのかな、と思った。

「あの人しか今のところ、知らないからですよ。

 で、そのご友人方を式に呼ばれる予定でなかったのは何故ですか?

 それと――

 そういうご友人が居るのに、要先生が、貴方のことを淋しい人間だと言っていた訳は?」

 衛は舌打ちをする。

 そんなこと言ってやがったのか、と。

 台拭きを手に持ったまま、衛の前、ちゃぶ台に座る。

 腕を組み、脅すように言った。

「少しはこちらにも協力してくださらないと、私も困ります」

「困ってどうするんだ。
 お前は、此処から出て行くことも出来ないだろう。

 戸籍も金もないのに」

「なんとかなりますよ、きっと。
 おぼっちゃま育ちの貴方は、きちんとした環境がなきゃ生きていけないでしょうけどね」

 つい、そんな憎まれ口を叩いてしまう。 

 衛はそれには反論せずに、ぴしゃりとテーブルについていた手を叩いて言った。

「テーブルに座るな」

「わかってますよ。
 脅してるんです」

「昔――」

 衛はぼそりと何か言い出した。

「家庭教師がよくそうして、机に座って威圧するようにこちらを見て脅してたな」

「それで言う事聞いてたんですか?」

「いや、ムチ持ってたわけじゃないし。
 まだ笑顔でも見せてくれた方が言うこと聞けたんだがな。 

 要が言うように、淋しい人生だし」

「まだ根に持ってるんですね……。

 悪かったですよ。
 余計なこと言って」

 そう言いながら、テーブルから降りた。

「やっぱ、家庭教師とか居たんですね。
 子供の頃は、学校に行ってなかったとか」

「何処の外国の話だ、それは。

 日本に居たら、強制的に学校に行かされるだろ。

 義務教育なんだから」

「別に家庭教師など必要なようには見えませんが」

「親父が気に入って連れてきたんだ。

 いわゆる天才系の人間で、その思考の飛び方が気に入ったといって、僕の家庭教師にした。

 天才の思考を学ばせようとしたようだが」

「学べるものなんですか、そういうの」

 真似することは出来るな、と衛は言う。

「それで、親戚連中を煙に巻くことは出来た。
 そういう意味では役に立ったな」

 僕はただの凡人だ、とテーブルの上で組んだ指を見、衛は言うが、凡人に天才の真似はできない。

 真似することは出来ると語る衛は秀才系の人間だ。

 それがわかっていたから、父親もその家庭教師を連れてきたのだろう。

 人は、天才には一目置くところがある。

 その思考に付いて行けないからこそ、畏怖を覚える。

 息子のために、その言動を学ばせようと思ったのだろう。 

 彼が教師に対してそうであったように。

 親戚連中に彼に対して、一目置かせるために。

「そういえば、お父様は亡くなられたんでしたね」

「別荘に家族と家庭教師とで集まることになっていた」

「パーティか何か」

「大学の合格祝いに。
 ま、祝うほどのことでもなかったんだが」

「本当に一言多いですね」

「父親と、家庭教師が早く着いていたようだ。

 遅れて母と要が。

 僕が行ったときには、もう母だけで。

 要は二人を捜しに行っていた。

 渓谷に張り出すようにして造られたウッドデッキの一部が壊れてたよ。

 で、しばらくして、父の遺体が下流で上がったのさ。

 溺死だったが、落ちた弾みか、強く後頭部を打っていたようだった」

「家庭教師の方は?」

「何かを追うようにして、流されていく女を見たって証言が出て来たが、彼女の遺体は上がらないままだった。

 下流の滝壺に落ちたら上がって来ないって話だからな。

 だがまあ、変わり果てた遺体なら、上がらなくて正解だったかもな」

「そうだったんですか。
 まあ、霊なら奇麗なままですしね。

 可愛い生徒の側に付いて今も見守って

 ……ないですね」

 衛の周囲を見つめたあとで言う。

 余計なことを教えてくれてどうも、と衛は低い声で言った。

 ああ、また、一言、余計なことを言ってしまったようだ……。

「まあ、貴方が話したくないことをひとつ話してくださったので、私も話しましょう」
と言うと、衛が、なにっ!? という顔で見る。

「実は今日、怪しい人物と接触しました。

 麻紀さんとしか話してないというのは嘘です。

 一番長く話したのは本当ですが」
と言うと、衛は呆れた顔をしていた。

「お前……お前は自分の置かれた状況がわかっているのかっ」

「だって、衛さん、何も話してくれないから。

 こっちだけ、情報渡すのもね」

 まだ、文句を言ってこようとする衛が怒りに顔を赤くするのを見て、なんだ、ちゃんと感情出せるじゃないですか、と思っていた。


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