憑代の柩

菱沼あゆ

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偽りの婚約者

佐野あづさとしての暮らし

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 結局、遅刻しそうになって、衛の車で校門に乗りつけた。

 衛もこの間まで通っていた大学だ。

 まあ、仕事の合間に行っていたようだから、本当に授業の時間しか校内には居なかったのだろうが。

 たまたま通りかかった女の子たちの鋭い視線を受け、佐野あづさとして暮らすのはなかなか大変そうだなと思った。

「おい」

 ドアを閉めようとしたとき、衛が呼びかけてきた。

「お前の首を絞めているのは、あづさじゃない」

「わかってますよ」

「あづさにお前の首は絞められない」

「なんでですか?」

 衛は答えなかった。

「いいから。
 そのことを念頭に置いて、もう一度、首を絞めた人間の顔を確認しろ」

「それ、もう一度、絞められてこいってことですね。

 もう、いっそ、爆破事件の犯人もその霊ってことで。

 ああ、それなら、犯人、もう死んでますよね」

 そう言うと、衛は少し考え、
「霊の世界のことは知らんが、生霊なら、そういうこともあるんじゃないか」
と提案してくる。

「生霊ですか」

 確かに、自分などには生霊か死霊かの判別はつきづらいが。

「で、警察に、霊に首を絞められましたから、あの人が恨んでいるはずです。

 あの人が犯人です、とでも言うわけなんですか?」

 そう言ってやると、衛は眉根を寄せる。

「衛さん、霊は信じてないはずなのに、結構知識はありますね。

 あづささんに聞いたんですか?」

「あづさも別にそういう世界に詳しかったわけじゃない」

「そうなんですか?」

「小さいときから、ときどきぼんやり見えていただけだと言っていた。

 家系的なものだったのかもしれないな」

 そこで少し笑うと、なんだ、と言う。

「衛さんって、しゃべり方、先生みたいですよね。

 教え諭すように言うっていうか。

 ちょっと厳しい数学の先生みたいな」

 そう言いながら、何故、数学なんだろうなと思った。

 頭の片隅に、中年の男の顔がよぎって消えた。

「衛さん、記憶が戻りました!」

 衛がぎょっとした顔をする。

「今、誰か知らない中年のおっさんの顔が!」

 衛は溜息をつき、

「何処の中年のおっさんだ」
と訊き返してきた。

「知らないおっさんですっ。

 たぶん、先生。
 黒板の前に居ます」

「……それで?」

「いや、それだけですけど」

 そうか、と言い、衛は車を発進させた。

 こいつ、きっとロクな親にならないなと思った。

 子供が一生懸命、何かを言ってきても、きっと振り返りもせず、ああ、そうか、偉いな、と言ってのけることだろう。

 いや、まあ。

 自分が彼と結婚するわけじゃないからいいのだが。

 去って行く車を見送りながら、そんなことを考えていた。



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