憑代の柩

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
4 / 68
偽りの婚約者

要と衛

しおりを挟む
 

 衛は言うだけ言って、さっさと出て行った。

 あれでなかなか忙しい男だが、早くこの場を立ち去りたい理由はそれだけではない気がしていた。

 それにしても、らしすぎる見事な大演説だ、と拍手したい気持ちで見送っていると、『佐野あづさ』となった娘は小首を傾げて呟いていた。

「僕が見つける、みたいな感じですけど。

 まだあづささん、学生なのに、結婚しようとしてたくらいの大恋愛だったんでしょうから。

 まあ、お気持ちはわかりますが、衛さん、警察は信用してないんですか?」

「高校生のときに、ちょっとな……」

 そう曖昧に濁す。

 衛が高校生のときに死んだ父親。

 あの事件を、御剣の手前、早々に解決しようとした警察は焦って、ロクでもないことを言い出した。

 あれから衛は警察を信用していない。

「すまんな。
 衛の我儘に付き合わせて」

「まあ、私に責任があるのも事実ですから」

 そんなことを殊勝に言う娘に、

「ないだろ」
と告げる。

「なんでも訴訟の国なら、君が賠償請求してもいいくらいだ。

 お前の婚約者を殺したい人間のお陰で、自分が怪我したので、補償してくれってね」

「いや、あの~」

 娘は、そう思うのなら、何故勝手に私の顔を変えましたか、という顔をしていた。

「俺はあの我儘な従兄弟に弱くてな。

 ああ見えて、淋しい奴だから」

 衛は身内さえ、信用できないでいる。

「わかります」
と彼女は言った。

「だからこそ、婚約者のあづささんに執着してたんじゃないですか?

 他に信頼できるものが居ないから。

 さっきから、私と視線を合わせようとしない。

 あづささんと同じ、この顔が厭なんでしょうね

 ああ、でも、と、ふと気づいたように彼女は付け足す。

「貴方が居ますよね、衛さんには」

 それを聞き、ふっと笑った。

「だから――

 俺のことも信用してないんだろうよ」

 立ち上がり、窓を開ける。

 新緑の季節らしいいい風が入ってきた。

 振り返ると、彼女はこちらを見、少し考えるような仕草をしていた。

 風に柔らかな髪を揺らしながらするその動きに、なんとなく和み、少しだけ笑ってしまう。


 

「だから――

 俺のことも信用してないんだろうよ」

 偽のあづさの部屋の外。

 細い背を壁に預け、衛は彼女と要の会話を聞いていた。

 病院とはいっても、此処は一般の病棟とは別のむねになっている。

 御剣一族や、そこから紹介を受けた者しか入院できない。

 人間ドッグや糖尿病の治療などのために、豪奢な部屋が用意してあったり、そっと整形やアンチエイジングをしたい者のために隔離された部屋がある。

 なので、あまり人気はないはずの廊下を歩いてくる気配がした。

 充分窓からの明かりは足りているはずなのに、何故か薄暗く感じる廊下を歩いて、衛の許に、スーツ姿の若い男がやってきた。

 顔立ちは可愛らしい感じだが、長身で体格がいいせいか、精悍なという印象が強い。

「衛」

 そう呼びかけてくる彼に、壁から身を起こし言った。

「花嫁が目を覚ましたぞ。
 なんでも聞いてくれ。

 まあ、ちょっと記憶がないようではあるんだが」

 素っ気なく言ったその言葉に、彼は溜息をつく。

 何もかも見透かすような目でこちらを見つめ、

「衛」
ともう一度だけ呼んだ。

「僕は忙しいから、もう戻る。
 何かあったら、呼んでくれ」

 そう言い、彼―― 兼平庸一かねひら よういちの側を通り着過ぎた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

処理中です...