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偽りの婚約者
顔
しおりを挟むいい風だなあ、と思いながら、ベッドの上の私はその風を追うように振り返った。
だが、本当にそちらに窓があるのかはわからない。
仰々しい包帯で、目を覆われていたからだ。
「以上、僕の言っていることが理解できたのなら、見てもいいぞ、お前の顔」
どうして貴方はそう偉そうなんですかね?
ベッドの右横に立つ男に、そう突っ込みたかったが、この俺様なおぼっちゃまにそんなことを言ったら、恐ろしいことになるのはわかっていたので、黙っていた。
いや、黙っていようと思っていた。
しかし、反射で言い返していた。
「自分の顔見るのに、許可がいるって、なんかおかしくないですかね?」
声がする方を向き、そう発言した途端、目まで包帯で覆われているのに、殺気を感じた。
声の主は、御剣衛。
一度もその顔を拝んだことはないが、かなりの男前だとわかる。
そのしゃべり方や高慢な態度は、地位や財産からだけでなく、ちやほやされてきた人間特有のものだからだ。
恐らく、細身で繊細な美貌の持ち主だろう。
偉そげにしゃべるわりに傷つきやすそうだ。
たまに手が触れるが、彼はよく硬く腕を組んでいる。
他人に対して、構えており、自分を守りたい人間の仕草だと思った。
反対側で低く嗤う声が聞こえてきた。
自分が寝ているベッドを挟んで衛とは反対側。
衛の従兄にして、医師の要がそこに居るはずだった。
要という名が、名字なのか名前なのか、わからない。
彼自身がそう名乗ったわけではないからだ。
衛がそう呼んでいるので、それが彼の名なのだろうと思うだけだ。
時折、此処に来る部外者は、看護師くらいのものだし。
彼女たちは彼を、先生としか呼ばないから。
「とってもいいか?」
要が衛に確認する声が聞こえた。
やがて、顔を覆っていた包帯が解かれる。
視界はしばらくぼやけていた。
自分が寝ている病室のベッドの両脇に二人の男が立っている。
右手の、腕を組み、こちらを見下ろしている男が衛だろう。
つい、その顔を見つめていると、
「なんだ?」
と今まで以上に高圧的な声で訊かれた。
「ああ……いえ、別に」
黙り込んでしまったのは、あまりに予想通りの顔だったからだ。
頭の中で思い描いていた顔、そのままだった。
そして、要という存在もまた、予想通りだった。
長身でがっしりとした体格。
知的で、ありきたりに端正な顔をしている。
つい、そちらを見ていると、
「いいから、鏡を見ろ!」
と、何故か苛ついたように衛が言う。
彼の手には、紅い手鏡が握られている。
それを受け取った私は黙り込んだ。
「なんだ、その沈黙は」
と気の短い衛がすぐに訊いてきた。
「ああ。いえ、ちょっと思っていた顔と違ったもんですから」
どんな顔だと思ってたんだ、とでも言いたげな顔で、彼はこちらを見る。
「うーん。
もうちょっと高飛車そうな美人を想像してました。
だって、この人、貴方の婚約者なんでしょう?
普通に可愛いじゃないですか!」
自分が変えられた顔に、素直に安堵の声を上げると、彼は呆れたような顔をした。
なんと突っ込もうかと迷ったあとで、突っ込むこと自体をやめたようだった。
彼が黙ってくれたので、しげしげと手鏡に映った自分の顔を眺める。
そんなに美人というわけではないが、万民が好みそうな顔だ。
正直、ほっとしていた。
自分の顔と言われて、違和感を感じない類の顔だったからだ。
衛の婚約者として、最初に想像していた顔だったら、自分の性格とは、ちぐはぐだったろうと思うから。
「えーと、この人が」
と鏡の中の自分を指差しながら言うと、
「佐野あづさだ。
お前が殺した」
とすげなく衛が答える。
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