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祈り
おとぎの見る未来
しおりを挟む「渉。
また勉強か」
部屋にいる渉を覗いておとぎが言う。
ああ、と渉が言ったとき、穂乃果の声が階段下から聞こえてきた。
「渉ー。
お風呂入って。
片付かないじゃないの」
渉は立ち上がり、
「暇ならお前、続きやっといてくれてもいいんだぞ」
と言った。
「わかった」
とおとぎは言い、すたすたと渉のデスクに近づくと、ほんとうに問題を眺めていた。
……数学だが、解けるのだろうか。
江戸の算数、かなりすごかったらしいが、と思いながら、風呂に入る。
そういえば、今日、本で読んだことをおとぎに訊いてみようと思って忘れていたと気づく。
江戸には丁子風呂っていうすごく豪華な湯屋があったらしい。
風呂から上がったあと、豪勢な食事などを食べられたりしたようだ。
風流な健康ランドとか、スーパー銭湯とかみたいなのかな、
と思いながら風呂から上がって二階に戻ると、おとぎは本棚の前で絵本を読んでいた。
子どものころ読んでいた絵本がなんとなく捨てられなくて、並べてあるのだ。
「おい、問題解いてくれるんじゃなかったのか」
と言ったが、おとぎは青い美しい装丁の絵本を広げたまま言う。
「面白いなあ、これ。
千と一夜、王様に語って聞かせるお姫様の物語」
「アラビアンナイトか」
「私も物語を語って、私を買った人間を眠るまで楽しませるとしよう」
「大変そうだな……」
と言うと、おとぎは絵本から顔を上げて笑い、
「とりあえず、この物語を話すとするよ」
この、お前と出会った物語を――
とおとぎは言う。
「おとぎちゃん、渉、ヨーグルト食べるー?」
と下から声がして、おとぎは今、読んでいた本を棚に戻し、立ち上がる。
「おい、こっちにもう一冊……」
渉のデスクの上に幼稚園のとき、園でもらっていた月刊の薄い絵本が置いてあった。
その下に――
「……解けてる」
渉が広げていたページの問題は綺麗な字で解かれていた。
「これが江戸の力じゃっ」
とおとぎは笑って、階段を下りていった。
下に下りると、おとぎはもう滋とテレビを見ながらヨーグルトを食べていた。
そっちに行こうとすると、穂乃果が腕をつかんでくる。
小声で言った。
「おかあさん、今日からおとぎちゃんと寝ようと思うの」
おとぎはいつも、この縁側の側の和室でひとり寝ていた。
和室の方が落ち着くだろうと思って、穂乃果は、ここをおとぎの寝室にしたようだったが。
今日から、穂乃果もここで寝ると言う。
「トイレに目が覚めたとき、気づいたんだけどね。
おとぎちゃん、夜、ときどきうなされてるのよ」
なにか嫌なことでも思い出してるのかしらね、と心配そうに穂乃果は言った。
「単に悪い夢でも見てるのかもよ」
そう言うと、穂乃果はちょっと笑って言う。
「そんなことならいいけど」
おかあさんは、何故、うなされている理由をおとぎに訊かないのだろうと思う。
吉原という複雑な場所から来たおとぎの記憶は掘り返さない方がいいと思っているからなのか。
あるいは――。
渉は大股におとぎたちに近づくと、あまり深刻にならない感じに訊いてみた。
「おい、おとぎ。
お前、悪い夢とか見てるのか?」
スプーンを手に振り返ったおとぎは、ああ……と言ったあとで、
「たいした夢じゃない。
火のついた梁が私の真上から落ちてくる夢を見るだけだ」
と言った。
……火のついた梁。
それはほんとうに夢なのか?
おとぎが言っていた吉原が炎上する未来なんじゃないのか?
おとぎの名が歴史に残っていないのは、幸福にも吉原から逃げおおせたからではなく。
吉原が炎上したときに、その短い生涯を閉じてしまったからなんじゃないのか――?
「待て待て待て、おとうさんっ。
私が答えるっ」
いろいろ考え込む渉の前で、おとぎは滋とクイズ番組を見ながら、楽しげに争っていた。
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